怪獣保険のご利用は計画的に

結騎 了

#365日ショートショート 002

「こういうのを、保険の専門用語で『焼け太り』って言うんです。家が燃えたら、火災保険から保険金が出ますよね。それが実際の損失より大きくて、つまり火事によって儲かってしまう。とはいえ、本来はあり得ないんですよ。そんな簡単なことじゃないんです」

 工場長は眉間に皺を寄せて私の説明を聞いている。どうやら火災保険の例えはあまり響いていないようだ。

「でも、この怪獣保険はまだ金融庁の認可が降りたばかり。法整備があまり追いついていないので、今ならまだ『焼け太り』できそうです。えっと、先程の証券、もう一度拝見できますか」

 喋りながら、テーブルに積まれた資料の山に手を伸ばし、厚紙を引っ張り出す。この寂れた工場にかけられている怪獣保険の保険証券。引き受けは東都海上保険。建物と設備をあわせた評価額は26億にもなる。が、実際の価値はこの半分もないだろう。所狭しと置かれたマシンは老朽化が激しい上に、サビだらけ。まともに動いているのは何台だろうか。私のような裏の人間を頼って『焼け太り』を狙う工場長の気持ちも、分からないではない。この業界なら、マシンを全面的に入れ換えなければ今後生き残れないだろうから。しかし、そんな資金はどこにも無いのだ。不景気は恐ろしいが、だからこそ私のような人間にも仕事が回ってくる。

「工場長、私がお願いしていた休業日は、予定通りで大丈夫ですね」

 その日、工場に社員がいては困るのだ。休日出勤は固く断っていただかないと。

「では、段取りをもう一度ご説明します。当日の11時頃、私どもが手配した異星人、今回はレプリ星人さんになりますが、彼らがロボットタイプの怪獣を召喚します。彼らの科学で造られた、レプリガトロンの新型です。『レプリガトロン マークⅢ』。先月から都合三度、ウルティモマンと交戦しています。出現場所は、この工場から南に12キロです」

 タブレットから地図アプリを開き、レプリ星人から教わった地点にピンを刺す。

「程なくしてウルティモマンがやってきますから、レプリガトロンはなるべく戦いを引き伸ばします。少しずつ、こう、こちらに移動しながら攻撃を受け、押されて押されて、最終的にここ、この工場に倒れ込みます。真上から。ウルティモマンが上手いこと光線を放ってくれればいいのですが、そこはレプリ星人さんが上手くやってくれるでしょう」

 そこですかさず、怪獣保険のパンフレットを開いて見せる。

「レプリガトロンが倒されましたら、工場長は時間を置いてから出勤してください。当然、工場とこの事務所は全部ぐちゃぐちゃです。このパンフレットの、えっと、ここです。東都海上保険の保険金請求センターに電話して、怪獣被害を伝えてください。おそらく罹災証明を取るように言われますから、それに従います。実際の工場の価値が後追いで調査できないほどに粉々にしますから、全損で処理をして、26億の請求を進めてください」

 そんなにうまくいくのだろうか。工場長の顔色は相変わらず渋い。言わんとすることは分かる。しかし、こちらも非合法な商売なのだ。ある程度は信じていただく他ない。

「大丈夫ですよ。ウルティモマンに勝つ必要は無いんです。ただ戦えばそれで目的達成ですから。なに、ものの3分もあれば十分でしょう」

 さて、ここからが忙しいぞ。この工場の近辺に、片っ端から営業をかけなければ。もう日があまりない。怪獣に壊されてしまう社屋は、いくらあってもおかしくないからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怪獣保険のご利用は計画的に 結騎 了 @slinky_dog_s11

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ