365作品
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やがて、窓の外から排気音が聞こえる。ゆっくりと加速したそれは、次第に遠のいていった。無神経な小鳥のさえずりが、不規則に耳に届く。苦い想いはある。確かにある。しかし、それでも。今日…
「そうです。その、郷村酒造です」中途採用面接試験にて、面接官は目の色を変えた。郷村酒造といえば、現会長である郷村剛蔵ごうぞうの旗頭のもと、徹底した営業戦略で一時代を築いた会社だっ…
上司に急かされながら、男は筆を動かしていた。「まったく……。色を決めていなかったとは」「すみません。思っていたより早くて。まだ色を見られる機会はないと、油断していました」
やっぱり観葉植物はいいわね。この立派な鉢に、にょきっと生えている姿が素敵。心が洗われる気がする。うんん、本当に洗われているんだわ。だってこのガジュマルからは、新鮮な酸素が湧き出て…
休日の昼下がり。俺が別れ話を切り出した途端、彼女はふいに泣き出した。「どうして」「他に好きな人ができたの」「私になにか悪いところがあったの」。そう、という訳ではない。誓って俺は不…
それもこれも、電子書籍のせいである。つまりは、衝撃の一行が演出し辛くなってしまった。のろまでない読者諸賢なら心得ているであろう、衝撃の一行というテクニックを。これは、ミステリにお…
声が聞こえ、男は足を止めた。はて、幻聴だろうか。「幻聴ではない。こちらを向くのじゃ」生い茂る木々の上から、髭を生やした老人が降りてきた。白くて長い髭。服も白い着流し。頭の上には輝…
「どうしてだ。あの怪人に刀の攻撃は通用するはず」「そうだ、特殊なバリアがある訳じゃあない。しかし、さっきから何度試しても刀が食い込まないんだ」
なんでせっかくの夏休みに、研究なんてしなくてはいけないのか。だって、僕は研究者じゃあない。朝から晩まで遊びたい小学生だ。やりたくない。ああ、やりたくない。
警部は部屋を改めていた。最初に死体を発見した警官が報告を続ける。「この部屋の主は、熱心なヴィーガンの活動家で有名でした。しかし、近所の人がその姿を見かけなくなって数ヶ月。この部屋…
「博士、ついにやりましたね」「やったぞ。ショートショート自動執筆マシンの完成じゃ」陽が差し込む大学の研究室。博士と助手は固く手を取り合った。
インカムを着けた女は軽快に応答した。ほうら、またカモがやってきた。「さて、どのようなご希望でしょうか」通信の向こう、男の声を聞きながら、リズミカルに打鍵を続けていく。ぼそ、ぼそ、…
突如として東京都墨田区押上1丁目1-2に生えたブロッコリーは、急速に成長した。少し目を離した途端に、あれよあれよと三倍にも膨れ上がっている。また膨れ、また育ち、また巨大となり。墨…
マンションの一室、殺人事件現場にて。ふたりの刑事が頭を悩ませていた。「もう助からないと悟っていたのでしょうか」「それにしても、死を目前にしたら誰だって救急車くらい呼ぶだろう。しか…
「おお、待っていたよ。最近、どうも調子が悪くてね」恰幅のいい男は、汗をかきながら鈴木を出迎えた。玄関に辿り着くだけでも息を切らしている。「では、横になってください」
男は大いに酔っていた。激務に追われ、やっと辿り着いた休息日。昼間から酒を胃に流し込み、机上に空き缶の山を築き、気づけば亥の刻……。なんとなく点けていたテレビでは、刑事ドラマが進行…
氷が溶けた拍子に、上に置いてあった物が落ちる。つまりこれだけです。その物が刃物だろうと、そこに首を吊るロープが結んであろうと、結局は同じことです」場は紛糾した。「そんなわけがない…
真っ白な壁が眩しいオフィス。応接セットにて、依頼人の男は頭を抱えていた。「じゃあ、どうやったら奴を合法的に殺せるんですか。教えてくださいよ!」向かい合って座る女は、溜息ののち、「…
「まったく、なにをやっているんですか……。もう少し気を付けてください」過労に足元がふらつき、車道に倒れ込んだ直後だった。迫る乗用車のライトを浴びた瞬間、背中をぐいっと掴まれ、歩道…
「それが、なかなか進まなくって。あの犯人、ポエマーっていうんですか。あるいは文学者でしょうか。持っている世界観が濃すぎて、僕には理解不能ですよ」
騒然とする交通事故現場。体のどこかを強く打ったのか、倒れた女性に人々が群がっていた。幸いにも外傷は見られないが、意識はおろか呼吸も怪しい。近くのコンビニ店員がAEDを持って駆け付…
音もなく近寄られ、脇腹が焼けた。黒いフードを被った人物は、ぱっと手を離した。一瞬にしてまどろみ、祇園囃子の鐘の音がぬるりと耳に滑り込んでくる。右に逃げたが、いや、左か。山鉾やまぼ…
アナウンサーは、カメラに向かってそう問いかけた。「外交も、経済も、何もかも……。ここ二十年ほどで我が国は緩やかに衰退しています。ひとつの政党がずっと政権を継続しているからです。そ…
こんなプロット、読者が怒るに決まっているでしょう。なになに、ミステリー小説で、ヘンテコな館に閉じ込められた主人公たちがいて、犯人はなぜか密室から脱出して何食わぬ顔で容疑者から外れ…
「らっしゃーい」自動ドア付近のスピーカーから、威勢のいい声が鳴った。また客がひとり入ったのだ。店内は狭く細長く、カウンターのみが設けられている。それも、カウンターの向こうには何も…
老婆が数人の男性によって、車へ担ぎ込まれている。何事かと集まる群衆にへこへこと頭を下げているのは、老婆の息子であった。車、もとい大きなバンには、介護施設の文字がプリントされていた。