後日談(数か月後の春休み)
「なぁなぁ、知ってる?」
そこそこの大手カフェチェーン店で無駄なものは一切入っていないコーヒーに舌鼓を打っていると目の前の友人、
「何を?」
主語を言え、主語を。何を知っていると聞きたいのかきちんと言葉にしろ。以心伝心で通じ合えるほどの仲じゃあないんだから。
じとりとした目で睨みつけるように大輝を見ながらそう促す。
ちなみに俺の目の前にはチョコレートケーキが鎮座している。昔は甘ったるいショートケーキを好んで食べていたのだが年のせいだろうか。生クリームの脂っこさに敗北してからというもの最近はめっきり減り、甘さの控えめなものを好むようになった。といってもケーキは甘味だ。やっぱり甘い。
「冬の夜明けめっちゃキレイなん!」
大輝は俺の問いに対し死んだ魚の目を嘘のように輝かせてそう口にした。
「へぇ」
キラキラと珍しく瞳に光を灯したかと思えばそんなことか。それくらい見たことあるし、なんなら子供のころ家族に連れられてよく初日の出なんかを見に行った。
だから、知っている。
あの、奇妙で不気味な色を。そして、このうえなく不快な景色を。
「なんだよ、反応薄いなぁ」
「夜明けくらい見たことある」
「ちぇ」
ぐさり。不貞腐れたようにチーズケーキにフォークを刺した大輝は、最後の大きな欠片を、口をめいっぱい開けてそのまま口の中に放り込む。のどに詰まるぞ、と俺は大輝の手元にあるカップを一瞥した。
「ん、ぐっ」
「……はぁ」
案の定、大輝は喉を詰まらせて、まだ冷めてもいないシュガーとミルクをたっぷり入れた熱い紅茶を口の中に流しいれた。バカなのか、コイツは。火傷するぞ、とコイツが次にするであろう行動を理解した俺は、端に方に寄せていたお冷を大輝の前へと移動させる。
「あっつ!」
小さく叫びカップを降ろすと、今度やはりお冷を煽り始めた。冷えた水を一気に口に含むと、その勢いで口内に入り込んだ氷をガリガリとかみ砕き始める。舌を噛みそうな勢いだが、まぁ大輝だし大丈夫か。
「変わらないな、お前」
片手で頬杖を突きながら生暖かい瞳で目の前の男を見る。
昔からの友人は、俺の知っているアイツのまま大きくなり、忙しなさもちょっとした幼さも残したまま成長してしまった。顔の造形だけはそこいらにいる俳優と並べても遜色のない出来なのに、取り敢えず中身の問題だよな。
「まぁ、そのせいだよな」
お前に彼女ができないのは、という言葉だけはちょっとした慈悲の心で喉奥に押しとどめた。さすがにコレを言ってしまっては可哀想だろう、と。
「んぇ? なにが?」
「さぁ。なんだと思う?」
馬鹿丸出しの顔で尋ねてくる様子は正直めっちゃ笑える。くつくつという笑い声を隠すために、ちょっと冷めたコーヒーを口に含み喉を潤す。やっぱり甘いものにはこういう飲み物の方がうざったくなくて丁度いい。
友人も、騒がしくて眩しい奴らよりも、これくらい死んでいて癖のあるヤツの方が俺好みだ。なんて。
「なんだよ~、
俺といるときの大輝はけっこう五月蠅いのだけれども。
それでも心地いいと感じてしまう俺はモノ好きなんだろうな、きっと。
バイトに向かっただけなのに 幽宮影人 @nki
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