◆◆ 1-3 十二佳仙 ◆◆
【 ホノカナ 】
「……はぁ、はぁ……」
皇太后の御前から退出したあと、顔面蒼白のまま、ホノカナは回廊を歩いていた。
【 タイシン 】
「ずいぶんお疲れのようじゃないか」
【 ホノカナ 】
「あ、当たり前じゃないですか……! ま、まさか、国母さまに、拝謁できるだなんてっ……」
この国で一番……とはいかぬが、二番目くらいには偉い御方である。
辺境育ちのホノカナにとってみれば、天上界の女神に会ったくらいの感覚ではあったろう。
【 ホノカナ 】
「国母さまとあんなに親しげにお話できるなんて……タイシンさんって、本当にすごい方だったんですね……!」
【 タイシン 】
「そんなたいそうなものではないさ。すべては財の力だよ」
さりげなく応じるタイシンであるが、なるほど、そこらの商人がそうそう宮廷に出入りできるものではなかった。
タイシンが属する
その財は莫大なもので、しかも数世代も前からこの特権を保持していた。
宮廷や官僚連への献金もまた多大であり、ただの商人というより、政商といっても言い過ぎではない。
【 タイシン 】
「国母さまにお仕えしたかったのかな?」
【 ホノカナ 】
「あ……いえ、どうでしょう、そのぅ……」
タイシンの問いに、口ごもるホノカナ。
【 タイシン 】
「誰も聞いてはいないさ。思ったことを言ってごらん」
【 ホノカナ 】
「はい、ええと……少し、怖かったかも!」
【 タイシン 】
「さもあろうな」
正直すぎる反応に、タイシンは苦笑した。
皇太后の話だけ聞いていれば、なるほど気さくな女性のようではあるが……
【 ホノカナ 】
「えっと……じゃあわたしは、皇帝陛下にお仕えできるんですか?」
【 タイシン 】
「それはわからない」
【 ホノカナ 】
「ええーっ!?」
タイシンの気のない返答に、思わず大声をあげるホノカナ。
【 タイシン 】
「仕方ないだろう? 雇うのはあちらだ。推薦はしてやるがね」
【 ホノカナ 】
「うう……も、もしお仕えできなかったら、わたし……」
見るからに凹んでいるホノカナ。
【 タイシン 】
「……おっと、端に寄れ、ホノカナ」
【 ホノカナ 】
「えっ? あっ――」
タイシンに袖を引かれ、回廊の端へと引っ張られる。
急にどうしたのかと思ってよく見れば、
【 ホノカナ 】
「――――っ」
回廊の奥から、異様な一団が近づいてきていた。
顔を覆面で隠し、動きにくそうな純白の上衣を身に着けている。
まるで話に聞く幽霊の行列のようだ、とホノカナは
【 タイシン 】
「これは仙士の皆様、ご無沙汰しております――」
【 方術士 】
「……
*おもねる……媚びへつらうこと。
タイシンの挨拶に足を止めた先頭の男が、くぐもった声で問いただす。
【 タイシン 】
「なに、ご機嫌うかがいに参っただけです。皆様がたにも、のちほど……」
【 方術士 】
「む。……せいぜい、利殖にはげむがいい」
【 タイシン 】
「はい、それが商家の常でございますれば」
そのまま、白衣の一団は東の離宮へと音もなく去っていった。
【 ホノカナ 】
「……い、今のは、お化けですか……!?」
【 タイシン 】
「まあ、当たらずとも遠からずだな」
またぞろ震えているホノカナに、タイシンは苦笑いさせられる。
【 タイシン 】
「〈
【 ホノカナ 】
「あっ! あの人たちがっ……」
いつになく眉をひそめ、しかめっつらを浮かべるホノカナ。
十二佳仙とは、宮廷に仕える方術師の集団である。
かつては、帝国を支える神仙たちがその座にあったというが……それははるか昔のお話。
今となっては、ちょっとした幻術ていどしか使えぬなまくら方術師たちの集まりにすぎない。
すぎない――といっても、宮廷におけるその実力は容易ならざるものがあるのだが。
【 ホノカナ 】
「道理で、生臭いと思いました!」
ホノカナは鼻をつまんで、不快さを隠さない。
だがそれも道理だろう、とタイシンは思う。
十二佳仙は朝廷の寄生虫ともいうべき存在であり、多大な賄賂をむさぼり、私腹を肥やしているという。
それだけでも庶人に恨まれるには十分だが、ホノカナにはさらに彼らへの怨恨があるのだ。
【 ホノカナ 】
「ぜぇぜぇ……す、すみません、ちょっと、取り乱してしまってっ……」
【 タイシン 】
「まぁ、今はいいさ。ただし……」
【 ホノカナ 】
「……ただし?」
【 タイシン 】
「これから謁見する御方の前では、控えたほうがいい。〈紅頬女帝〉の餌食にはなりたくなかろう?」
【 ホノカナ 】
「…………!」
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