◆◆ 1-9 動乱の予兆 ◆◆

【 ユイ 】

あねさん、あれでよかったんですか?」


 宰相邸を辞しての帰路、馬車の中でタイシンに問うたのは、〈虎王コオウ・ユイ〉――タイシンの護衛である。


【 タイシン 】

「立ち聞きとは人が悪いな」


【 ユイ 】

「なに、たまたま耳に入っただけですよ」


 ユイは隠形おんぎょうの術にすぐれ、身を隠してタイシンからつかず離れず近侍きんじしている。


【 タイシン 】

「私はただ、宰相閣下の戯れに付き合っただけだよ」


【 ユイ 】

「本当ですか?」


【 タイシン 】

「もちろんだとも。まあ、火種くらいはつけられたかもしれないがね」


【 ユイ 】

「やはり、そそのかしたのでは?」


【 タイシン 】

「宰相閣下も、あれでしたたかな御仁だ。そうやすやすと踊らされはすまい」


【 ユイ 】

「では、このまましばらくは平穏無事、世はなべてこともなし――ですか」


【 タイシン 】

「さあ、それはどうかな」


 タイシンは小首を傾げる。


【 タイシン 】

「私のような部外者があれこれ画策せずとも、とっくに宮中に陰謀は渦巻いているさ」


【 ユイ 】

「いやはや、おっかねぇこった」


 つい地金が出るユイ。

 今でこそひとかどの遊侠の士ながら、タイシンに拾われるまでは無頼の徒だっただけに、ほんらい口はよろしくない。


【 ユイ 】

「……しかし、あの娘っ子はうまくやれるでしょうか?」


【 タイシン 】

「ホノカナが心配なら、しばらく見守ってあげてはどうかな」


【 ユイ 】

「ご冗談を。姐さんが一緒だから咎められませんでしたが……ずっと、“られて”ましたよ」


【 タイシン 】

「ほう、〈風雲忍侠ふううんにんきょう〉の隠れ身を看破する使い手がいるとは」


 宮中こそは忍びの者が暗躍するに相応しい地であり、さまざまな者たちが潜んでいるのであろう。


【 タイシン 】

(ともあれ……)


 すでに、小石は投げられた。

 水面に広がった波紋が、どのような絵図を描いていくのか、いかないのか……

 それは、天帝かみさま以外には知りえぬことであった。

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