おれはぼたん

 おれはぼたん。


 二本足の大きな奴らと、「みにょ」というおれと同じ四本足の奴と一緒に、大きくて広い縄張りに住んでいる。


 二本足の大きな奴らは、おれのことを「ねこ」と呼ぶこともある。でも、おれたち以外の四本足の奴で、「いぬ」と呼ばれる奴らもいる。不思議だなぁと思うこともあるけれど、まぁ、別にいいか。


 二本足の大きな奴らはヘンテコだ。あいつらは毎日毎日、毛皮を変える。本当の毛は頭にしかない。二本足の大きな奴らは、その毛皮を『ふく』と呼んでいた。


 『ふく』は不思議だ。白、黒、青、黄色、緑、たくさんの色がある。中には、頭をすっぽり隠せる袋みたいなものが付いている『ふく』もあるし、太陽に当たるとキラキラする石が付いた『ふく』もある。


 おれは、どうして二本足の大きな奴らが、たくさんの『ふく』を持っているのか考えてみた。でも、いくら考えても分からない。おれだけで考えても仕方ないから、みにょとも話したことがある。


「ぼたんって、すごく難しいことを考えるよね」


 みにょは大きなあくびをしながらそう言った。


「みにょは気にならないのかい?」

「頭の毛の色が変わることの方が、ずっと不思議だったもん。あ、ぼたん見て。おかあさんが『ふく』を置いてる!」


 みにょは嬉しそうにそう言うと、「おかあさん」と呼ばれている二本足の大きな奴が置いた『ふく』の上に座る。おれもみにょと一緒に、おかあさんが置いた『ふく』の上に座った。ふわふわしていて、とっても座り心地が良い。うん、二本足の大きな奴らが、どうして毎日『ふく』を着るのかは分からないけれど、座り心地が良いから、それでいいや。


 しばらくするとおかあさんがやって来て、おれたちを叱りながら『ふく』の上から降ろす。おれたちはちょっとガッカリした。


―――


 二本足の大きな奴らの子どもは、大人になったら縄張りを出ていくものらしい。でも、たまに突然帰ってくることもある。帰ってくるのは、暖かい時と、とても暑い時と、とても寒い時だ。


 二本足の大きな奴らの中で、おれたちと一番仲が良かったのは「まり」だ。でも、大人になった「まり」は、とても大きなカバンを持って、ある日縄張りを出ていってしまった。そして、しばらくすると、ふらっと帰ってくる。帰ってくるとすごく嬉しいけど、また出ていってしまう時は、すごく寂しい。縄張りはもともと大きくて広いけど、一匹いなくなっただけで、もっともっと大きくて広くなった気がする。


 そしてまたいつも通り、「まり」は大きなカバンを持って、縄張りの出口に向かって行く。縄張りから出る前に、おれとみにょの頭を撫でて、「じゃあね」と言っていた。


「ぼく、まりが『じゃあね』って言うの、嫌いなんだ。縄張りを出て行って、ずっと帰って来ないときの言葉だもん」


 みにょは尻尾をつまらなそうに振りながらそう言った。確かに、おれもみにょの気持ちは分かる。でも、みにょはもうひとつ、大事なことを忘れていた。


「でも、まりは『じゃあね』って言ったあと、もうひとつ言うんだよ」

「なんて?」

「『またね』って」


 おれがそう言うと、みにょは目を丸くした。


「『じゃあね』は縄張りを出て行く合言葉だけど、『またね』はまた帰ってくるっていう合言葉なんだよ」


 みにょは、「まり」が出て行った縄張りの出口をじぃーっと見つめた。そして、少し寂しそうな声でおれに訊いてきた。


「二本足の大きな奴らって、仲間が縄張りを出て行くときに、いつも『いってらっしゃい』って言うよね。そしたら、仲間はいつも『いってきます』って言うよね」

「そうだね。そして、『いってきます』って言ったら、『ただいま』って言って帰ってくるんだ」

「……まり、いってらっしゃい」


 みにょをチラッと見ると、ヒゲが寂しそうに下を向いていた。きっと、おれのヒゲもそうなってるんだろうな。おれも縄張りの出口を見た。「まり」の姿はとっくに見えない。


 でも、おれは知ってるぞ。「まり」はまた帰ってくる。そして、気の抜けた声で「ただいま」って言って、おれとみにょを撫でるんだ。


 おれは、みにょに教えていない合言葉を、もうひとつだけ知ってる。それは「きをつけてね」だ。ケガするなよ、という意味の合言葉らしい。その合言葉を、心の中で「まり」に向かって言った。


 いってらっしゃい、まり。きをつけてね。

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みにょとぼたん 藤野 悠人 @sugar_san010

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