後編

 


 零時れいじは激痛をこらえて傷口を押さえ、大きな目に涙をたたえながら、それでもギリっと私を睨む。メッチャ可愛い。


「それは君が面倒がって、応募要項を熟読しなかったせいだろ!

 小説賞に応募するなら、要項は必ず隅から隅まで確認しろと、何度も言ったはずだ。

 闇雲に賞タグをつけていけばどこかで引っかかるなんて、そんな生易しい世界じゃ……

 が、は……っ!!」


 私は思いきり、零時の左肩を鷲掴みにした。

 血が噴き出ている傷口を、容赦なく。


「なのに、明らかに熟読せずに片っ端から賞タグつけてるクソ野郎どもが一次突破してるの、どういうことなんでしょうねぇ~?」

「そ、そんな……バカ、なことは……っ!

 それは、その賞の要項にはたまたま合致していたから通過出来た……だけ……」


 掃除したばかりのフローリングに、じわりと血だまりが拡がっていく。


「ね~え、零時。

 私ねぇ、貴方に賞タグつけろって言われるたびに、毎回一生懸命要項読んでるの。

 これは10万文字以上だからこの作品なら行ける、これは1万文字以内だからこの短編なら行ける。そんな文字数制限は当然のこととして、重複応募の可否だってチェックしてるんだよ? 

 貴方に散々言われたから」


 彼の熱い吐息を感じられる距離にまで、顔をうんと近づける。

 同時に、傷口にもさらに指をめりこませていく。真っ赤なマニキュアを塗り、丁寧に尖らせた爪を。


「あ、あぁ、あ……」

「貴方に言われて、片っ端から賞タグつけた10万文字超の作品、あるよね?

 貴方を生み出した、『和服とスーツと吸血鬼』がそう。

 だけど、いっぱい賞タグつけたせいで、この作品、web小説MAX賞には応募出来ないの。

 だってMAX賞って、重複応募不可だもんね。

 そして一度つけた賞タグは原則、結果が出るまで外せない。

 私、心底後悔したの。こんなことなら、もっと慎重に賞タグつければ良かったって。

 私の最大の自信作なんだよ? コレ。どうしてくれるの」

「それは……

 君が、ろくにコンテストのスケジュールを考えずに……応募したせい、だ……!

 web小説MAX賞は国内最大級のコンテスト。それぐらいは念頭に置いて考えるべきだろ!

 僕が鬱陶しいからって理由だけで、何も考えずに賞タグをつけるからだ。

 ただの、自業自得……ぐぅっ!!」


 左膝を思いきり、零時の脇腹に落とす。

 それだけで彼は、私の耳元で理想的な悲鳴を上げてくれた。


「な・の・に。

 重複応募不可なMAX賞に同時応募してる癖に、別のコンテストで一次通ってた作品が複数あったの。

 私が全部一次落ちした、あのコンテストだよ」

「それは……

 たまたま、一次選考では見逃された……だけ……っ!」

「それだけじゃないよ。そいつらの他の作品見てみたらさ……

 文字数5000文字までの短編って規定されてる賞に、平気で20万文字超の作品エントリーしてるヤツもいてさ」

「応募作品がどれだけあると思っている……!

 一次通過者の他の作品まで……選考側が見ている余裕は……」

「最近のコンテストって、一次が一番高い壁だって零時、言ってたよね?

 そこまで厳しい一次なのに、何でそういうところは見逃されるの?

 応募した作品がその賞の要項に沿ってさえいれば、他のところで何しても許されるの?」


 ぐり、ぐり、ぐりっ。

 私の指が、零時の傷口を抉る。

 ゾンビ設定の割に、その血肉は奇妙に暖かかった。


「ぐ……あ、あぁ、あああぁああぁあああぁ!!」

「そーいう奴らがそーいう卑怯な手使って、強引に賞タグつけて色んな賞のランキング上位に無理矢理躍り出て注目浴びて、4桁ポイント集めてさ。

 それであっさり一次を通過する。おかしくない?」


 零時は最早汗だくになりながら、それでも意地だけで私に反論する。


「し……嫉妬で、モノを言うな。

 そんな輩はほんの一握り。最終選考まで残るには、その手は絶対に通じない!」

「そう願いたいなぁ。

 だけどいずれにせよそいつらに、『一次突破』っていう輝かしい戦績が残っちゃうのも確かなんだよ」


 それでも零時はまだ負けていない。

 こういうしぶとさがまた可愛いんだよなぁ。お楽しみの時間が長くなるから。


「君だって分かっているだろう!

 昔の文学賞だって……非常に狭き門だった。

 応募者は選考委員へのコネは勿論、ありとあらゆる手段を使って顔を売らねば、一次突破すらおぼつかなかったと言われている。一説には、選考委員に身も心も売り飛ばしたという話もあったほどだ!」

「知ってるよ、それぐらい。

 でもそれは多分、陰でこっそり、分からないようにやってたことでしょ?

 応募要項違反の賞タグはね、私らに 全 部 見えちゃってるの。

 ちょっと調べれば、ド素人でも不正が分かっちゃうの。

 なのに何で、見逃されてるのかなぁ?」


 言葉にしているうちに、どす黒いものが胸中に渦巻いてくる。

 激痛による反応か、涙をぽろぽろ流しながら悔しげに私を睨む零時。そんな彼に、私は容赦なく憎悪を叩きつけた。


「ね~え、零時。

 私は別に、嫉妬でこんなこと言ってるわけじゃないよ?

 だって、不正な賞タグつけてたヤツらの中には、私の大好きな書き手さんもいたんだもの」

「……!!」


 零時の緑の瞳が、はっきりと驚愕で見開かれた。

 現実を受け入れられない、受け入れたくない。そう言いたげに、彼は子供のように首を振る。


「私、その書き手さんの描写が好きだった。

 自然の光や空気、そこに生きる人たちの呼吸がじかに感じられるような描写って、私にはなかなか出来ないものだから。

 でもさ……

 その人がそーいうことしてたって分かった瞬間、作品から全ての色気が消え失せたんだよね」

「それは……!

 ただ単に、その書き手がうっかりタグをつけ間違えた可能性だってある。

 そんな馬鹿なことが……!!」

「複数の作品でそれやらかしてても、そうだって言える?」

「例えそうだとしても……

 作品に罪は……っ」

「私だってそう思いたかった。

 だけどね。作品中で紡ぎ出された必死の愛の告白も、命がけの説得も、美しい情景も。

 私には何の意味もなくなったの。

 何故って、それは全部、あーいうことする作者から生まれたものなんだから」

「しかし!

 そうでもしてポイントを稼がねば、どんなに優れた作品も一瞬で大量の有象無象に埋もれ、一次落ちしてしまう!

 それが今のweb小説賞の現実なんだ。きれいごとばかり言っていたら、一生選考委員の目に触れることすらなく終わる、それが……!!」

「へぇ。あんた、不正を黙認するんだ。

 優れた作品なら、タグで不正しててもいいって言うんだ?」



 傷口にぐいぐい食いこむ私の手を必死で引き剥がそうとして、零時の身体がじたばた虚しく暴れる。

 でも、抵抗したって……無駄。

 私は貴方の、創造主なんだから。



「私はそんな真似してまで、賞が欲しいわけじゃない。

 私は私の書きたいものを書く。それがマイナーだろうが何だろうが関係ない」

「そんな行為に……何の意味がある。

 狭い世界で、自分を受け入れてくれる少数の仲間にだけ、自分本位の低俗な趣味を見せびらかすなど……」

「意味なんかないよ。

 だけど、意味なんかなくたって、私はそれで充分幸せ。

 逆に聞くけど、不正してまでぶんどった賞に、何の意味があるの?」


 そう言いながら私は、鎌を零時の身体に再び突き立てる。

 今度は右の太ももを、ざっくりと。

 可愛らしい悲鳴が天井を裂く。

 ふふ、ゾクゾクする。こーいうのだよ、こーいうの。

 誰も求めていなくても、わ た し が 求めてる。


「だいたいの人が夢見るのが……

 賞を取って、書籍化して、コミカライズされて、あわよくばアニメ化されてってコースだよね。

 私だって出来ればそうしたいよ。零時の可愛いところ、アニメや漫画で見てみたいもん。

 今現物見てるから、別にもういいと言えばいいんだけどさ」


 ざく、ざく、ざく。

 何度も何度も、鎌を零時の細い脚に刺していく。

 噴き出す体液で、もうタキシードはびしょ濡れになって身体に張り付いている。

 最早零時は痛みでろくな反論も出来ず、ただひたすらに歯ぎしりしながら全身をびくびく震わせていた。


「でもさ。

 書籍化されたって、売れなきゃ続き書けないし?

 売れてコミカライズされたって、キャライメージ違ったら死ぬほど嫌だし?

 さらに売れてアニメ化されたって、作画崩壊アニメだったら首つりたくなるし?

 そもそもそこまで売れたって、それで一生食べていけるほど稼げるの?って話じゃん。

 そんなことになるくらいだったら、賞そのものに意味があるかって、考えちゃうんだよね」

「それは……

 全て、言い訳だ。君が現実から逃げる為の……」


 現実から逃げているのはどっちか。

 いい加減イラついて、私は思わず声を張った。



「だからぁ!

 どっちにしろ意味がないなら、自分の書きたいものを書きたいだけ書いた方が、よっぽどマシって話をしてんの!!」



 鎌をワイシャツの襟元に引っかけ、一気に引き裂く。

 胸を幾重にも覆っていた包帯までもたやすくちぎれ、白い肌が露出する。

 さらに鎌を横に動かすとタキシードまでが面白いように裂けて、あまり肉づきの良くない細い肩が露わになった。

 よぅし、出来上がり。

 零時が出てきた時って、ちょっとウザいっていつも思っちゃうんだけど――

 毎回だいたいこうなるから、大好き。


 今日もイイ感じにはだけたことだし、描写研究の時間だ。

 リアルなモデルがいてくれるって、超絶便利。現実じゃ勿論、今時ドラマでもアニメでもなかなか血みどろスーツ男子になんて、お目にかかれないし。


「……いつか、後悔するぞ。

 このまま閉塞した世界で、了見の狭い、作品とも言えぬゴミを吐き散らすのなら……

 いずれ君は、誰からも見捨てられて……ぐっ!」


 ちょっと腹を蹴飛ばすと、すぐに零時はおとなしくなる。

 ふふ。やっぱりスーツ男子たるもの、このレベルには血まみれボロボロにならなきゃねぇ。

 この状態から必死に這い上がってもらって、一瞬ほっとしたところをさらに蹴落として叩きのめすのがまた、楽しいんだ。



 真っ赤に染まった指で、零時の頬をそっと撫でる。

 青白い頬を、血の塊がべっとり汚していく。

 唇の端からわずかに滴る血を、ぺろっと舐めてみる。うん、美味しい。



 ――さぁて。零時は今日も、イイ感じのモデルになってくれた。

 あとはこの様子を参考に、また書くだけだ。

 私が私を最高に満足させる為の、極上の作品を。



 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小説賞サイトを見ると、私の背後には最推し美男子ゾンビが湧いて出る。 kayako @kayako001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ