小説賞サイトを見ると、私の背後には最推し美男子ゾンビが湧いて出る。
kayako
前編
全く。また見てしまった――
私のPCには今、若干面倒なものが映っている。
それは、「web小説MAX賞」。
国内最大のweb小説サイト「小説家であろう」主催の賞。その公式サイトだ。
募集要項を目で追っていくと――
やはり、作品に「web小説MAX賞」のタグをつければ応募可能、とある。
めんどくさっ。私は思わず愚痴る。
あいつが出てきてしまう。
一度出ると、そこそこうざったいあいつが――
そう思った時にはもう、その気配は背中に忍び寄っていた。
「何をしている。
さっさと応募するのだ」
性懲りもなく、また来たのね。
やはり、そこにいたのは――
鴉にも似た真っ黒のタキシード姿。それとは対照的に、血の気のない青白い肌。
緑がかったボサボサの髪は少し濡れそぼり、顔と身体の半分近くが血のついた包帯で覆われている。
その包帯の先端はタキシードの袖からこぼれ、まるで意思を持つかのように空中でゆらゆら揺れていた。
左眼はガーゼに覆われていたが、蛍光グリーンにギラギラ光る大きな右眼が、じっと私を凝視している。
こいつは私の書いた小説、『和服とスーツと吸血鬼~男の子なんだから大剣担いで戦いなさい!!~』のメインキャラ、
設定上は300歳ということになっているが、見た目はどう見ても二十歳かそれ以下。
何故小説のキャラが部屋に現れたのかって? 正直最初はご褒美と思いましたハイ。
とにかく、私がさっきみたいな小説賞サイトを見つけるたびに――
彼は出現する。そして。
「やーだ。今回はパス、パス」
「貴様……何故だ」
「面倒だもん。
この前だってあんたの言う通りコンテストに応募したけど、全部てんで駄目で一次落ちだったじゃん。
そもそも一次通過作品見たらさぁ、ポイント4桁は入ってないと足切り……」
ギュッ
そこで私の言葉は強引に途切れた。
零時の手首から放たれた包帯。その先端が、ぎっちり私の首に巻きつけられている。
「それは貴様が完全に今の流行を無視し、ヒューマンドラマやホラー、現代ファンタジーばかりを書くからだ!
今の流行は間違いなく異世界! 異世界転生にざまぁに悪役令嬢!
それがなくばそもそも、土俵にすら上がれぬのが現実なんだぞ!?」
容赦なく私の喉元をぎゅうぎゅう絞めつける、零時の包帯。
こんな風にこいつは、私が小説賞のサイトを見てしまうたびに出現しては、賞タグをつけろと脅してくる。
賞に応募できるのはあと何回か考えろだの、小説家志望がweb上だけでもどれだけいるか考えろだの、貴様は現実から逃げているだけだだの。
そしてお決まりの文句は――異世界転生モノを書け。
でも、私には分かってるんだ。
零時。あんたの首の絞め方、結構ぬるいよね。
懸命に私を責めてるけど、その瞳も手も……震えてるよ?
そんなところも可愛くて好きなんだけどさ。
だから私は、いつも――
「てめぇは誰に向かってモノ言ってんじゃこのクソ妖怪が!!!」
腹の底から叫ぶと同時に、零時の下腹部に思いきり蹴りを入れる。
殆ど声も出せずに、反対側の押し入れまで吹っ飛ばされる零時。ちぎれ飛ぶ包帯。
薄い襖は簡単に破れ、中の本が大量に零時の上にドサドサと雪崩の如く落ちていく。
そして私は、背中から一本の鎌を取り出した。
鈍い銀色に輝くその先端は、既に血に濡れている。何故かって? 私も知らない。
「零時く~ん。私、毎回言ってるよね?
私が小説書いてるのは、あくまで自分を満足させる為なんだって」
鎌を手に、静かに零時の元に近寄る私。
彼は腹を押さえながらも顔を上げ、抗弁する。
「……僕だって言ったはずだ。
自己満足の為に書くのなら、ネットに載せる必要などない。自分のPCの中で満足しとけと
……ぐっ!」
零時の黒い前髪をむんずと掴み上げ、私は彼の喉元に鎌をそっと当てた。
「ネットに載せて、私以外に満足してくれる人がいれば、もっといいでしょ?
だから私は載せてるの。実際、好きって言ってくれる人だっているんだよ~?」
「しかし、満足しているのはごくごく少数……!
それはポイントや星の数に、如実に現れているじゃないか」
細い首筋に食いこんだ鎌から、たらりと血が流れ落ちる。
それでも頑張って歯ぎしりしながら、私を睨みつける零時……あぁ、可愛い。
「そもそも貴様は何故……」
「貴様、じゃないでしょ?
私、貴方の造物主だよ? 創造主様だよ?」
「う、うぅ……
き、君は何故あのような、ハートフルボッコ展開ばかりを好む!?
主人公側は無双どころか、毎回毎回ピンチの連続。散々ボコボコの血まみれにされた挙句、怪物に握りつぶされて骨まで砕かれるのが最早当たり前とか!」
いつも思うけど、それの何が悪いんだろう。
巷で大流行、映画は300億だか400億だかの社会現象となった『鬼殺しの剣』だって、いつだって主人公側はボコボコじゃないか。
なのにネット小説の世界だと毎回毎回異世界転生、無双、悪役令嬢、無双、スローライフ、ざまぁ、無双。
『鬼殺しの剣』並みの血みどろボコボコストレス展開は嫌われまくる上に、暴力表現のレーティングにまで引っかかる。おかしくない?
「私だって分かってるよ。
だから暴力表現のない話だって、結構書いてるでしょー?」
「暴力表現がなければその代わりとばかりに、心抉ってくるストレスフル展開山盛りだろうが!!
パワハラだのモラハラだのいじめだのDVだの、果ては自殺未遂だの……!!
リアルがストレスフルなのに、誰がそんなものを読みたいと……ぐうっ」
鎌がさらに零時の首に食いこむ。
流れた血が、白いワイシャツの襟を紅に染めていく。
「わ た し が 読みたいの」
零時の両腕を押さえ、その細い身体にほぼ馬乗りになりながら。
私は一言一言、心をこめて歌うように呟いた。
「私がそーいうのを一番読みたいから、書く。
カッコイイスーツ姿のリーマンが大剣背負って血みどろになって怪物と戦う話、だぁれも書いてくれないんだもの。
だから私が書くの。それだけ」
零時の瞳孔が、絶望に縮みあがる。
それでも彼は腕をばたつかせ、必死で私に抵抗してきた。
「そんなもの、小説なんて……言わない。
ただの自慰……うぐっ」
「自慰でも何でも、私は私が満足出来ればそれでいいの。
それに、4桁はさすがに無理だけど、ポイントや星がゼロってわけじゃない。
しっかり感想やレビューを書いてくれる人たちだっている。
それって、少ないながらも確かに需要があるってことじゃない?」
それでも彼は歯を食いしばり、真っすぐ私を睨みつけた。
「だが、それが小説賞から逃げていい理由にはならない。
賞を取って、もっと色々な人に作品を見せたいとは思わないのか。
賞を取れれば、君の作品を知らない人たちに知ってもらえる。そうすれば、もっと多くの人たちに届くかも知れないんだぞ。
君の言う『少ないながらも確かに存在する需要』が、まだまだ眠っている場所に」
それは私も思った。
思ったから、零時の言う通り、しぶしぶ賞タグをつけてもみた。
だけど。
「だから異世界モノ書けって?
異世界にスーツ男子、どうやって出すの?
転生直後はスーツでもいいかも知れないけど、ずっとそのままってわけには」
「だから! その妙な拘りを捨て……っ!!?」
ザクッ
零時が言い終わらないうちに。
私は容赦なく、その左肩に鎌の切っ先を突き立てた。
これだけは捨てられない。スーツ男子と大剣と血飛沫の組み合わせだけは絶対に。
「ぎゃあっ!
……あ、あぁ、あ……!!」
天井にこだまする零時の悲鳴。
鎌を引き抜くと同時に、一気に噴き出す血飛沫。
黒いタキシードが血に濡れ、蛍光灯の光を反射して煌めいた。
ワイシャツも包帯も、見る間に紅に侵食されていく。
でも大丈夫。だって零時は、ゾンビと同じ。300年生きてる妖怪なんだもの。
頬を染めながら喘ぎ続ける零時を見下ろしながら、私は静かに告げた。
「それにさぁ。
あんたがあんまり賞タグ賞タグってうるさいから、しぶしぶつけてったらさぁ……
その中に、重複応募不可のものあったんですけど?」
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