46.軍師登用の勧め
ベルシスが王を名乗るとゾス帝国の上層部はすぐさま今回の反乱はベルシスの個人的野心によるものであると非難の声を上げた。
だが、周辺諸国のみならずゾス帝国の領主の中にもベルシスに近づく者達が現れた。
ロスカーンの悪政は日に日に悪くなる一方でもう耐えきれるものではないが、だからと言って他国にゾス帝国を好きに踏み荒らされる訳にはいかない。
そんな彼らにとって安定した人格をもちゾス帝国の中枢にいたベルシスを頼るのは自然な事でもあった。
ましてや強大な兵力を二度も跳ね返しているのだから。
だから、帝国の諸領主の中にベルシスに期待を抱く者が現れるのは不思議な事ではなかったし、期待していたのは何も領主ばかりではなかったのだ。
例えば、テンウ、パルド両将軍を育て上げたゴルゼイ元将軍などがその筆頭格と言えた。
彼はベルシス・ロガが王を名乗った際に自身の教え子を贈り物として推挙したのである。
※ ※
ベルシスはゴルゼイ元将軍の懐刀であり、切れ者と名高かったギーランを迎え入れていた。
「ロガ王にはご機嫌麗しゅう」
「おやめください、ギーラン殿。貴方にそう言われるのはこそばゆい所か気分が沈みます」
「なんとまあ、ベルシス殿は相変わらずでございますな」
急遽作られた玉座の間でベルシスは老人と若い娘の二人に相対していた。
その傍らには伯母ヴェリエや叔父ユーゼフ、それに三勇者とその仲間たちが控えていた。
「ゴルゼイ殿はお元気ですか? いや、私の即位の報にさぞお怒りでしょうね」
「ええ、ベルシス殿を手放さざる得なかった帝国の無能さに歯噛みしております」
ギーランと言う老人はベルシスが十代の頃から老人だった。
初めて会った時から二十年近く経つが、当時とさほど変わらなく見える。
一見すれば好々爺とも見えるギーランだったが、ベルシスはその切れ者ぶりを何度も見た事があり彼の主たるゴルゼイ元将軍共々敬服している相手である。
主たるゴルゼイは禿げあがった頭が特徴的な老将であり、厳めしい雰囲気とぶっきらぼうな性格、それにその風貌でゾスの猛牛と畏れられてもいた。
そのゴルゼイが自分を高く評価していると聞きベルシスは驚いた。
「ゴルゼイ殿が私をそこまで高く評価していたとは存じ上げませんでしたが」
「ベルシス殿がカナギシュを抑え込んでいた時から高く評価しておりましたよ。でなければ、我らはここに来ておりません」
「それは私が十代の頃ですか?」
目を丸くして声を上げたベルシスにギーランは双眸を細めて。
「初めてお会いした時も申しましたでしょう? 我が主ゴルゼイは不器用ゆえ言葉が足らぬと」
ベルシスはカナギシュより帝都に戻る際に初めてゴルゼイに出会った。
その際にカナギシュ警備隊への処遇が甘いと叱られたのを思い出す。
「叱られた印象しかありませんでした」
「期待の表れですよ」
儀礼的とばかりではない昔話に花を咲かせていたギーランだったが、不意に真面目な表情になる。
それにつられてベルシスも居住まいを正す。
「主ゴルゼイよりロガ王即位に際して、祝いの言葉と品がございます。……帝国の命運は尽きかけている、そこにロガ王が起ったことは喜ばしい。老いた巨獣を仕留めればロガ王こそガト大陸に盤石な支配体制を築こう。わしもロガ王の手助けをするべく祝いの品を送る、そう申されました」
「帝国は……ゴルゼイ殿の目から見ても、そう映るのですね」
ベルシスのどこかやりきれない言葉にはギーランは一つ肩を竦めるにとどめ。
「祝いの品は我らが軍略、計略、調略の全てを叩きこみましたこちらの娘。サンドラ、挨拶せよ」
「お初にお目に掛かります、ロガ王ベルシス殿。私はサンドラ、ゴルゼイ先生、ギーラン先生より戦うすべを叩きこまれました。ロガ王が今の道を進むのであれば我が才を存分にお使いください」
そう告げて一礼しながらも、青い双眸を眇めて無遠慮にベルシスを値踏みする若い娘。
その様子を一目見てベルシスはこいつはヤバイと言う直感じみた思いを抱いた。
それがどこかカルーザスにも似ている雰囲気を感じたからだが、サンドラはカルーザス以上の剣呑さを放っており、ベルシスは自身の肌がチクチクするようにも感じていた。
(……劇薬、か)
ベルシスは胸中でそう呟いたが、臆してなどいられない。
王となった以上はどの様な人材も使いこなさねばならない。
それが例え己の寝首を掻こうとする輩であっても、使いこなしてこそゾスという強敵と戦えるのだと。
「……よろしく頼む。ゴルゼイ殿、ギーラン殿が認めるその才に早速聞きたい。私は戦争を終わらせるために帝都を落したいが、どのような手段が効率的か?」
これでサンドラが何を言うかでベルシスは彼女の才能を計ろうとした。
それを知ってか知らずかサンドラと言う名の娘はにこりと笑みを浮かべて。
「勧められるままに登用するようなお人よしではないご様子で安堵しました、陛下。それで帝都をいかに落とすべきかについてですが、今のロガ軍ではまだ機ではありません」
「兵力差の問題か?」
「大義名分の問題も。皇帝を討つには周囲が納得するような理由を用意しなくてはなりません。無論、今のままでも問題はないでしょうがより円滑に事を進めるには大義が必要です」
サンドラはまっすぐにベルシスを見据えて言う。
(なし崩しで始めた反乱であるからな、悪政に対する反抗としての価値しかない、か。なるほど、冷静に分析している。それに物怖じする様子もないか)
そう胸中で評しながらサンドラの言葉にベルシスは頷きを返す。
「悪政に対する反抗では足らないと?」
「ええ、それでは帝都まで攻め込む理由としては弱いのです。帝都まで攻め込み皇帝を討つにはより強い理由、大義が必要です」
サンドラの言葉を聞き、ベルシスは考える。
確かに今のままでは帝都まで攻め上がって周囲の協力を得られるだろうか?
(私はゾスの対抗者として支持を集めている。皇帝を討ってしまえば私の役目もなくなる。そして、後に残ったのはゾスを倒したロガ、か。周囲がそれを望むとは思えない、そうなっても仕方ないと言う状況を作らねばならないか)
ベルシスは思案し続けながらサンドラに問う。
「それでは、今は何を成すべきだろうか?」
「まずは派兵頂いた国と強固な同盟関係を造り上げるべきでしょう。そして、今は機を待つよりありません。ただ、防衛に関しては決して手抜かりなき様に」
ベルシスはその言葉に頷きを返し、彼女の師であるギーランを見やる。
「才媛ですな」
「それだけではありませんぞ」
「そうでしょうね、冷静な分析と静かな語り口ですが端々に剣呑さが表れております
」
「お気に召しませんかな?」
ギーランが笑いを含みながら問いかけると、ベルシスは緩く首を左右に振って。
「いいえ。喜んで登用させていただきます」
そう告げてベルシスは笑った。
隻眼の覇者ベルシスの肖像 ~彼はいかに大帝国と戦い勝ちえたのか、そして何ゆえに四百年の時を超えて軍事強国に立ち向かったのか~ キロール @kiloul
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