45.隻眼の王へ
ベルシスがその意を固めれば、あとは話は早かった。
王になる為に必要な事は、実効支配している土地とその地の人々に認められ戴冠の儀を行ってしまえば話はそれで終わりである。
王を名乗るだけならば相応の軍事力さえあれば誰でもできる事ではあった。
問題は、その軍事力を持つことが難しい事とそれ以上に王として認められ、その地位にとどまり続ける事が難しいと言う事実である。
この認められること、留まる事が至難の技なのである。
兵力が強いだけでろくに政治を行わなければ、民衆は言う事を聞かず、そうなれば兵力を維持する事もままならない。
これに対して自前の兵力を動員して民衆に従うよう強制しても必ず綻びが出る事は歴史が証明している。
その結果、最悪は他国の介入を招き入れその王朝は滅びの道をたどる事になる。
では、民衆受けする政治だけやっていれば良いのかと言えばそうでもない。
他国と歩調を合わせなくてはならず、兵力維持の為に税は徴収せねばならない。
そうしなければやはり他国の介入を招く事になるか、権力基盤である兵力が王の言う事を聞かなくなる。
国を興したばかりの新興国ともなればそのさじ加減、或いはかじ取りは本当に難しい。
ゆえにベルシスには果たしてそれが自分に可能なのだろうかという不安は付きまっていた。
だが、王を名乗らずとも今のままでは結局は同じことなのだ。
舵取りを誤れば死ぬ、さじ加減を誤れば死ぬ、それは王を名乗ろうと名乗るまいと変わりはない。
ならば状況に変化が現れるだろう選択を選ぶことも必要になる。
そして、ベルシスの予想通り王を名乗ったことで周囲が動き始める。
テス商業連合や西方諸国の使者がこぞってベルシスの元にやって来たのである。
二度もゾス帝国の大軍を退けたベルシスが彼らの発展の邪魔にもなる帝国と言う分厚い壁に風穴を穿つことを期待して。
これは彼らにとっては投資の一環であり、ベルシスにとっては物資や金銭が得られるまたとない機会でもある。
互いの利害が一致している間は有益な取引が可能な関係であれば深入りは避けねばならないが、そんな事はゾス帝国の将軍であり続けたベルシスにとっては自明の理。
然程問題になる事は無いと考えていたようだが、ここで彼の思惑を超えた事態が起きた。
ベルシスに妃がいないという状況を知ったテス商業連合や西方諸国は、幾つも縁談話を持ってくるという事態に陥った。
ベルシスは事が半ばで妻を娶るなど考えられない事だった。
帝国との戦いで死ぬかもしれない身の上、進んで後家を作ろうとは思わなかった。
だが、そう説明はすれども、なればこそ必勝を期すために双方の繋がりを強くするべきですと縁談を一層勧められるのである。
帝国と渡り合える軍事的才を彼らがより強く欲していると言う事でもあるのだが、ベルシスにとっては中々に面倒な事態であった。
だが、ベルシスの頭を悩ませている一番の問題はそれではなかった。
ローデンやその他帝国領から王になった祝いの貢物が届いた事だ。
※ ※
北西部のローデンはとてもではないが豊かとは言えない土地である。
義勇兵をロガに送っているだけでも大きな負担であると推測され、なおかつ先の大火からの復興も途中である。
そうであるにも関わらずベルシスが王を名乗ると彼らはさらに祝いの品を届けて来たのだ。
ただでさえベルシスを支援している事から帝国に目を付けられているであろうに、祝いの品まで送ったとあっては蹂躙されかねない、それがベルシスの悩みである。
そして、何故そこまで自分に尽力するのか、なぜ自分たちの生活を顧みないのかという疑問が絶えず胸中に浮かんでくるのだ。
昔、カナギシュ族との戦いの折にも牝馬を貸し出してくれた事をベルシスは覚えている。
馬は大事な労働力である、出し渋る者もいたが周囲から何事かを告げられると彼らは手のひらを返してベルシスを支援してくれた事も。
(彼らは私に何を見出しているのだろうか……)
ここまで来ると分からないで済ませて良い問題ではなくなっている。
ベルシスは大火でからの復興の最中過労で倒れた領主ガレント・ローデンより統治権を譲渡されたからだとばかり言える状況ではなかった。
先帝の時代にガレントは根回しを済ませていたが、ベルシスに対するローデンの民の献身とガレントの行いは防衛に尽力したとはいえ一将軍に対して度が過ぎている。
「一体、ロガ王はローデンで何をしたの? あの規模の領地が単なるお祝いでこれだけの物資を送る?」
届いた物資を三勇者やその仲間たちと確認していると、リウシスの仲間であり情報収集に長けたリアが問いかけを放つ。
「さてね。一応宗教的に意味のある行いをしたようだが、神官は詳しくは教えてくれなかった」
ローデンの信仰の拠点たる神殿は、ベルシスがカナギシュ族に追われ森に逃げ込んだ際に見知らぬ少女に案内されたあの場所は大火で失われた。
神官たちも焼け死んだと聞いており、一体何の意味があったのかを問う事はもうできなくなっていた。
「しかし、これほど送り付けて……ローデンは冬を越せるのか……」
物資の数々を見据えながらベルシスは呻いた。
そこには保存の効く糧食や馬の餌である飼葉、北西部でとれる鉱石など金銀財宝とはかけ離れた、それだけに彼らの生活や糧に密着した物資が並んでいる。
これらはローデンの民にとって生活の必需品ではないのか、そう思えば眩暈にも似たものをベルシスは感じた。
ベルシスの呻きに物資を運びこんできた領兵の隊長が口を開いた。
「無論です、陛下。しかし、出来る限りこちらに運んできたのは事実」
「何故、そこまでする?」
「陛下が我らの希望だからです」
そこで領兵の隊長は言葉を切った。
そして、ベルシスをまっすぐに見据えたまま再び言葉を放つ。
「陛下は今は亡き神官たちが語った通りのご活躍をなさっておられる」
「諸々の協力があってのことだ」
「無論、そうでしょう。されど我らは期待するのです、隻眼になられた陛下が不浄をすべて焼き払う日を」
その言葉にベルシスはローデンで出会った謎めいた少女の言葉を思い出す。
隻眼のウォーロードと。
その名前について誰かに問う事もなかったが、今の言葉から彼らの信仰に語られているのだろうと言う事は理解できた。
隻眼のウォーロードと呼ばれる存在が。
「それに、期待しているのは我らだけではない様子」
ローデンの領兵が語る言葉にベルシスは天を仰ぐ。
王を名乗った際に帝国領からも貢物が届いてしまった。
幾人かの領主から。
その中には無論、内紛を治める事に力を貸したクラー領も含まれていた。
「大樹となれば人は頼るものです。ましてやもう一本の巨木が立ち枯れを始めていたら、多少細くとも若い木を頼りたくなるものです」
アンジェリカの言葉がベルシスの心に残る。
「少なくともローデンやその他の物資を送ってきた帝国領に接触を持つ必要があるな」
帝国はベルシスとの二度の戦いに敗れ多数の兵士を失い、挙句に東方諸国の侵攻が活発化している。
今ならばベルシスに好意的な帝国領主に接触を持つことも難しくないだろう。
そう考えていた矢先、ベルシスに思わぬ来客があった。
それは元帝国将軍のゴルゼイ・ダヌアその人であった。
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