44.戴冠への決意

 ウオルやコーデリアと会話を交わしたその日の夜遅く、ベルシスは王になる決意を固めた。


 翌朝、再びメルディスと外交的な会話を交わし、その席でベルシスは王となる旨を伝えると彼女は大きく頷いた。


「それでこそ、じゃ」


 何がそれでこそなのかベルシスには分からなかったが、ナイトランド側の要求が通ったのだから機嫌が良い様子なのは当然であろうとあたりを付けた。


「しかし、そうなると隣の席が空いているのがちと寂しいとは思わぬかえ?」

「隣?」

「伴侶と言う事では?」


 ピンと来ていない様子のベルシスを見かねてか伯母のヴェリエが助け舟を出す。


(伴侶ねぇ……)


 王になれば血筋を残さねばならない責務が生まれるが、生憎とベルシスには伴侶となってくれそうな女性に心当たりがない。


 そもそも通常は王の婚姻となればどこかの国から王族をめとり関係を強化するのが定石である。


 一体どこと関係を強化しろと言っているのかと難しい顔をしているベルシスを見やって、メルディスは狐耳をピンと立ててにんまり笑った。


「ナイトランドとの関係強化に動く気はないか?」

「いや、魔王の一族に娘はおらんはずだろう?」

「おらんよ。しかしだな、八部衆にはおるのは知っての通り。ナイトランドの軍部と関係の強化を図るのは間違いではあるまい?」


 メルディスはそう告げながら胸を張り、掌で自身を叩き口を開こうとした。


「その場合は私が将軍に嫁ぐのかな?」


 だが、メルディスを先んじて感情の色が薄い声が割って入る。


 その声の主はフィスルだった。


「……なにゆえ?」

「八部衆筆頭、将魔のフィスル、お値打ち物だよ」


 話の腰を折られ、なおかつ爆弾発言を投げかけられたメルディスがぎこちない動きで振り返り問いかけると、フィスルは表情一つ動かさずに言ってのけた。


 そしてベルシスに視線を投げかけると微かに笑みを浮かべて冗句を投げかける。


「まあ、その場合、ロガ将軍は少女趣味があると巷で言われそうだけど」

「えぇ……」


 うんざりしたような声を上げるベルシスをフィスルはやはり笑みを浮かべたまま見ていたが、不意に表情を改めて。


「そう言う話はまず戴冠してからにした方が良いよ」


 そう告げたのでベルシスは深く頷きを返して。


「確かに、王となる前から決める事柄でもないな」


 あまり浮かれるなと言う忠告だったのだろうとベルシスは素直に頷きを返した。


 だが、メルディスは恨みがましくフィスルを見ていたが、何も言わなかった。


 その様子に気付いたベルシスはメルディスがそれほどロガとナイトランドの関係を強化したかったのかと秘かに驚いていた。


 そこまでの利がナイトランドにあるとは思えなかったからだ。


※  ※


 ベルシスがこの決断を伝えるべく主だったものを呼び集めると、集まった者達の様子が少しおかしかった。


 ベルシスの顔をちらちらと見たり、隣り合う物同士で囁き合ったりしているのが見て取れたのだ。


 そこに侮りなどは見当たらなかったが、奇妙な生温かな感じを受けてベルシスは眉根を寄せ、周囲を見渡すと居並ぶ者達の中にコーデリアの姿を認める。

 途端にコーデリアが口を開いた。


「ベルちゃん、おはよー」

「……それかぁっ!」


 ベルシスは膝から崩れ落ちそうになりながらも懸命に堪える。


 堪えながらも悟った、そう呼んで良いと言われた彼女が悪気なく周囲に言って回った挙句がこの空気と言う訳か。


「コーデリア殿」

「コーディ!」

「……コーディ、公の場ではちょっと」

「友達になったんだから良いじゃん」


 ベルシスにとって切実なやり取りをしていると、幾人からかため息が漏れた。


「友達? まだ、そこだったのか」

「こう、バーって行ってガッてできないもんかねぇ」

(なんだよ、バーッて行ってガッて……。くそ、あいつら後で説教なっ!)


 そんな事を言ってるゼスとブルームにを認めて、思わず胸中でそう告げていた。


「進展したかと思ったのですけれども。二人とも奥手と言いますか……」

「仕方あるまい。将軍がマークイの様でも困るしのぉ」

「俺の様だったら、ハーレム築いてるだろうさ。まあ、将軍は戦運び以外は不器用そうだから」

(うるさいんだよ、どうせ不器用だよ! お前そこまでモテないだろう詩人!)


 コーデリアの連れである神官二人と詩人の会話も聞こえてしまったが、やはり胸中で喚くにとどめた。


「将軍、俺たちを呼んだ理由はなんだ? 婚約発表でもするのかと思ったがそうじゃないようだしな」


 見かねたのかリウシスが声をかけて来た。


 内容に引っかかりを覚えるたが、助け船とばかりにベルシスは軌道修正を図る。


「君たちが何を誤解しているのか知らないが、今回、私が君たちを集めたのは他でもない。私はロガ王を名乗る決意を固めた。これによりナイトランドと盟を結ぶ算段が付いた、まずはその報告だ」

「ほう、帝国と全面対決の道を選んだか」

「どのみち対決は避けられない、ならば生き残れる道を模索するのは当然だろう?」

「それはそうだが、ベルシス・ロガの忠誠がそれを阻むかとも考えていた」


 その場にいた者たちにさほど驚きはなかったが、ある種の意外さはあったようにベルシスには思えた。


 その意外さを伝えるリウシスの言葉にベルシスは頷きを返さざる得なかった。


「大いに悩んださ。だが、私が過去にこだわり、その結果多くの者を誤った道に巻き込む訳にはいかない。視点は未来に向ける事にした……。新たな友達もできた事だしな」


 そう告げてコーデリアを見やると彼女はにこにこと笑っている。


 その笑みをベルシスは見て強く思う、過去の罪、過去の栄光それらが未来へ向けての行動の足かせになってはいけない。


 ましてや多くの者達の命を預かる立場の私がそれに拘泥して誤った道を進んでもいけない。


 怒りでもなく、絶望からでもなく、先へ進む為には今のゾス帝国との対峙は避けられないのだと。


 そして、対峙する以上は打ち勝つための算段は全て取らねばならないのだ。


 そこまでは言葉にしなかったが、リウシスは何を感じたのかにんまりと笑って。


「王になる、なるほど、そこまで悪い選択でもない様だな。ベルシス・ロガと言う男に限って言えば」

「君たちにとっては悪い話かな?」

「……おっと、意味合いが違って取られたか。他の奴が王になるとなれば身持ちを崩す第一歩になる事が多いが、あんたはそういう事無さそうだなと言う事さ」

「リウシスは口が悪いのにぶっきらぼうだから余計伝わらないのよ」


 リウシスが真意を伝え終わった瞬間に彼はフレアに足の脛を蹴られた。


「将軍……いえ、ロガ王。気を悪くしないでください、リウシスはどうしても斜に構える性質だから」

「それで気を悪くしたりしないさ。リウシス殿の言葉には毒も棘も混じっているが、金言でもある」


 フレアはリウシスの足を蹴った矢先、すぐさまベルシスに頭を垂れて謝罪を口にしたものだから、返ってベルシスの方が慌ててフォローしてしまう。


「ありがとうございます、ロガ王。……だってよ? あんたもコーデリア殿を見習って友達になってくださいって言ったらどう? 男の人でここまで言ってくれるのは弟さんかロガ王くらいよ」

「お前、それを今言うなよ」


 流石に普段は泰然としているリウシスもたじたじな様子を見せる。


 三人の美女を連れたこの太った勇者は昔も今も嫉妬の対象に良くなっていたが、ベルシスには気苦労は絶えないのだろうと推察し、同情する事が多々あった。


 嫉妬も持たず偏見もなく接するベルシスの姿はリウシスとしてはあまり接した事のない相手であった。


 ゆえに彼はベルシスに何かを期待する所が多々あった。


「えっと。それでシグリッド殿。ロガは改めてカナトス王国とも盟を結びたいと考えている。ローラン王に口添えをお願いできないだろうか? 先の援軍のお礼もきっちりとしたい」

「ロガ王、我が王ローランは先の行動で同盟の意思を伝えておりますよ?」

「そうであっても格式と言うのは大事な時もある。同盟調印の時期や方法を詰めたいんだ。諸国に与える影響も考慮して」

「分かりました、そう言う事であれば我が王ローランへの伝言承ります」


 シグリッドは宮仕えに慣れているせいか、そつなく応対しベルシスを安堵させた。


 また、我が王ローランという言葉から彼女の王はローラン王一人であるという意思も見て取れて、ベルシスは大いに喜んだ。


「リウシス殿ではないが、ロガ将軍は王になっても気質は変わらんようだな」

「懐が深いのか、何も考えていないのか」

「何も考えてないは無いと思うけどなぁ、アーリー将軍の時もそうだったけど」


 ジェストやシース、それにアレンと言ったシグリッドが連れているカナトスの面々が会話を交わしているのが聞こえ、ベルシスは内心苦笑した。


(そう言うのは聞こえない所でやってくれ……)


 皆の反応に反感の色は少ないがどうにも自分には威厳に欠ける、そう思わざる得なかった。


 それだけに王になってやっていけるのか、ベルシスには不安だった。


<続く>

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