九、

 一息つき、抱き締めていた腕を緩める。私をじっと見上げる稚い顔は清らかで、瞳は全てを見透かすかのように澄んでいた。

 どこかで、千太郎せんたろう、と呼ぶ細い声がした。姉達が探しているのだろう。数度しか会ったことはないが、物静かで所作の美しい娘達だ。

 確かめるように撫でた息子の頬は色艶も良く、小さな指先の爪は綺麗に切り揃えてある。大切に守られているのは分かっていた。

 さあ、と促すと息子は膝から下りて奥へと駆け出す。それきり振り向かず、来た時と同じように襖の隙間を滑り抜けて去って行った。


 痛みの残る腰を上げ、障子へ向かう。大きく開き、ざらつく縁側へ座って脚を投げ出した。冷えた早朝の空気を深くまで吸い込み、長く吐く。

 どうか、己に負けませぬように。

 柔らかな感触の残る手を合わせ、そっと目を閉じた。




                              (終)

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業果 魚崎 依知子 @uosakiichiko

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