第49話 最期に

僕達は良いのか悪いのか、悪さをするには最高の環境にいた。真面目にやろうとするといつも邪魔が入る。

それは僕達が悪いんだろうが、本当にそうだろうかと僕は思う。僕達が喜べば、周囲はコソコソと話をし、僕達が転べば、密かに笑う。

人間は弱く、脆く、軽薄で、陰湿で、強欲で、温かく、綺麗で、時々強い。


真っ当に生きていきたいのであれば、いくら闇に足を引っ張られようと、悔しい思いをしようとじっと我慢し、全てを自分のせいとして完結することが、世間的にも自分的にも一番健康的な解決であると思う。


本当の意味で強い人間であれば、報復を重ねるような馬鹿な事はしないのであろう。弱い人間は事態を受け止める事ができずに、自分の弱さを誤魔化す為に強がり、山を返そうと考えるのである。


生まれながらにして悪人もいなければ、善人もいない。皆の心の中に善と悪を持っている。恐らく、苦労なく生きていくことができれば、愛に満ちた善人になれるのであろう。しかし、その裏側では、悪夢にうなされながら、誰の理解を得ることが許されず生き苦しんでいる人間達もいる。悪人になる覚悟がなければ、本当の意味での善人にはなれないと思う。世間的に善人とされる人は、せめて善人である罪を知って欲しい。


大切な物は失ってから、初めてその重さに気づく。後でどんなに悔しがろうと悲しみに暮れようと悲しい現実は何の予告もなくやってくる。笑えない現実に一生付き合っていかなければならない事もある。


産まれたばかりの赤ちゃんは、目を覚ますと必ず泣く。それはなぜだろうか?僕には少し理解できる。怖いからだ。今生きている事、明日生きている事が当たり前じゃないと知っているから。

僕達はテレビやネットなどで、笑えないニュースを日々、目にしているのにも関わらず、"自分には起きない""自分は大丈夫"と高を括ってしまう。

色々な体験をした僕も安定した生活を送っている今は、どこかそのように錯覚してしまっている節がある。


あなたも僕も平和に生きてる事は当たり前ではないのだ。起こる時は前置きなしに起こる。

僕は、きっと全てを守る事はできないだろう。それでも大切な何かが失われかけた時は、全てを投げうる覚悟は持っている。それが、人生の絶頂期であろうとも5秒で人生を捨ててやろう。世間から悪人扱いされようと命と引き替えになろうとも自分の正義を貫こう。そんな風に思える。やはり、僕は弱い人間である


全てを犠牲にしてでも守りたいと思える大切なモノがある今の僕は幸せである。


大切な物を大切にしよう。

自分の気持ちを素直に伝えよう。

自分を追い詰め出すとキリがない。自分を許そう。

今ある環境が全てではない。今の自分が全てではない。動けば変わる。

頑張ろう。


皆さんの未来に幸あれ。

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プレジデントのオーナー ~報復に次ぐ報復~ 角川太郎 @kakuyomande

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