第3話 元、年上彼女の本音


 十二月二十五日、クリスマス。深山家のリビングで号泣し、高校生に慰められている一人の社会人がいた。


「うぇえええええええん! ゆ゛き゛ほ゛ちゃぁぁぁぁぁ!!」

「ほらティッシュ。鼻水たれてるよ」

「ありがとう、ズビッ」

「でも安心したな。瑠夏るかはなんにも変わってなくて」


 雪帆の一番の友人であり、元生徒会副会長の鹿島かしま瑠夏は、雪帆との再会に感涙を浮かべていた。


「ええー? 私だって六年経って成長したんだからね?」

「そうかな。私が話した瑠夏と対して変わらないように見えるけど」

「あ、そっか。雪帆ちゃんにとっての昨日は六年前なんだっけ。えっと雪帆ちゃんが消えちゃう前に最後に話した話題は確か……」

「彼氏にフラレて泣いてたのが私にとっての昨日の瑠夏だね」

「雪帆ちゃんとの最後の会話だったのになんてしょーもないことを話してたんだ私はぁ!」


 瑠夏は頭をぐちゃぐちゃにしながら喚く。


「でもこうしてまた会えたでしょ」

「うん……本当によがっだ……ズビッ」

「はいティッシュ。箱ごといいよ」


 もらったティッシュで鼻をかみながら、こうして再開できた喜びと、社会人になっても逆転しないこの力関係に少しだけ悔しさを感じる瑠夏だった。


「ていうか! もう立川たちかわくんには会ったの?」

「うん。昨日、いや今日の深夜にこの時代に戻ってきて、冬斗くんと一緒に家に帰ったよ」

「そっかぁ。本当に立川くんの努力が報われてよかったよぉ……あっ思い出したらまた泣けてきちゃった……グスッ」

「瑠夏は冬斗くんがこの六年、何をしてたか見てたの?」


 結局、冬斗とはあまり話す時間がなかったからか、雪帆はこの六年間のことをまだ把握できていなかった。


「うん……警察の人に何回も掛け合ったり、この地域の伝承? とかを調べて雪帆ちゃんが消えちゃった理由を探したり……勉強もすごい頑張ってたみたいで、今は年収一千万行くところに就職できたとか、そんな感じだってさ。ズビッ」

「すごい……でも、どうしてそんなに冬斗くんは頑張ってたんだろう。私がいなくなっちゃって、むしろ、何にもできないぐらい落ち込んでもおかしくないのに」

「いつ雪帆ちゃんが帰ってきても恥ずかしくないように、妥協はしたくないんだってさ。健気すぎるよぉ……」

「そっそうなの」


 雪帆はさり気なく口元を手で隠す。心配せずとも、彼女の口角は上がってはいないのだが。

 しかし、彼女は感情が顔に出にくいだけで、感情自体は豊かな方であった。今も彼女の頭の中では、彼女が全力でニマニマしている。


「立川くんは本当に、雪帆ちゃんのこと大好きだよねぇ。ちょっと隙を見せたらすーぐのろけ話始めちゃうんだから。あっそれは雪帆ちゃんもか」

「うっ」

「いやー懐かしいなー。冬斗くんのここがかわいいとか、ここが好きとか、散々聞かされたなー」

「私にとってはつい最近の話しなんだけどね……」

「そうだよね! 雪帆ちゃんにとってはタイムスリップしたみたいな感じなんだよね」

「そう。冬斗くんとのクリスマスデートに行く途中でタイムスリップしちゃって、気づいたら六年経っちゃった。みたいな」

「えー、せっかくならクリスマスデートすればよかったのに。今からでも誘ってみれば?」

「確かに、本当はデートには行きたかったけど……でも冬斗くん、仕事って言ってたし。それに前日ならまだしも当日にデートに誘うのは流石に迷惑というか……」

「聞くだけ聞いてみればいいんじゃないの? それで駄目だったらまた次の機会にってすればいいしさ。ね?」

「んー……」

「冬斗くんももう大人なんだし、雪帆ちゃんが変に気遣わなくてもいいんじゃない?」

「そう、かなぁ……」


 雪帆はあまり気乗りしない様子ながらも、スマホにゆっくりとメッセージを打ちこんでいく。

〈今日の夜、本当にもし空いてたらでいいんだけど、クリスマスデートのやり直しをしたいな〉


 入力を終え、あとは送信するのみとなったが、雪帆はスマホの上で親指の動きを止めてしまう。


「ほらほら、押しちゃえ押しちゃえ。今日でクリスマスも終わっちゃうんだからさ」

「本当にいいのかな……」

「えい!」

「ちょっと。瑠夏、勝手に押さないでよ」


 瑠夏によって送信ボタンを強制的に押されると、雪帆の葛藤は泡と消え、メッセージは無慈悲にも送信されてしまった。

 ちなみに、瑠夏の頭に一瞬、『送信取り消し』されるかもという心配が浮かんだが、そもそも六年前に送信取り消し機能はなかったので、雪帆の頭にはそんなアイデアは微塵も浮かんでいなかった。


「もう。強引なところまで昔のままじゃなくてもいいのに」

「だってこのままだと外が暗くなるまで画面とにらめっこしてるでしょ。雪帆ちゃん」

「そっそんなことはないけど」

「立川くんに告白するって言ってから一ヶ月以上足踏みしてた人の言うことは信用できないなー?」


 瑠夏は、さっきまで号泣していたのとは打って変わり、途端ににまにまと笑みを浮かべる。


「それは……みんなそんなものでしょ……!」


 ここが唯一雪帆に強く出れるところであるからか、いきなり態度が大きくなる瑠夏だった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



――新着メッセージがあります。


雪帆〈今日の夜、本当にもし空いてたらでいいんだけど、クリスマスデートのやり直しをしたいな〉

冬斗〈空けます〉

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