第5話 クリスマスをもう一度 上
六年待ち焦がれた雪帆先輩とのデート。
この日のために色々用意してきたんだ。
待ち合わせ場所には、昨日(今日)とは違った装いの彼女が立っていた。トレードマークの赤いマフラーは健在だ。
いや、実際に彼女を目の前にするとわっかんないな! デートって何すればいいんだ? てか、雪帆先輩の服似合いすぎでは。ベージュのコートが彼女の大人らしさと可愛さを両立させている。ブーツもしっかりと紐が入ったもので、異国の少女のような雰囲気も感じた。やばい、六年ぶりのデートに平常心を失っている。
「すいません、遅れました」
「謝らないで。無理言ったのは私の方だから」
彼女は申し訳無さそうにしていたが、俺の方こそ行きたいと思っていたので、むしろ誘ってくれて感謝している。
「でも、来てくれてよかった」
「当たり前ですって言いたいところですけど、俺も今日ここに来れてホッとしてます」
「やっぱり無理させちゃったよね。ごめん」
「いえ、俺はそこまで無理せずにすみました。上司と同僚に助けられたので」
「そっか。冬斗くんの周りの人たちも優しいんだね」
「そうですね。いい人たちばっかりですよ」
これまでは楽しそうだなと眺めていたカップルの側に自分が今いるということにあまり実感がわかなかった。
リア充爆発しろだとか、そういった過激な思想を持っていたわけでもなかったのだが、自分に無いものを持っている彼ら彼女らはこれまでは羨ましく見えていた。
とりあえず歩こう、と彼女は俺を促した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
まず、俺たちはゆっくりとクリスマスマーケットを周っていった。
「これ、冬斗くんに似合いそう」
「ありがとうございます……あ、でももうひとサイズ大きいほうがいいですね」
「あれ、そんなに大きくなってたんだ」
「ええ。多分、先輩の身長も超えましたよ」
「嘘。まだ私のほうが大きいでしょ」
「比べてみます?」
俺たちは背中を合わせる。
「背伸びしてるじゃないですか」
「……してない、もん」
もん!? もん……? もん……だと??
やばい。意識が飛びかけた。そうだ、今は背比べをしていたんだった。
「ほら、雪帆先輩の頭から手を平行移動させたら僕のおでこですよ」
「私もやってみる」
ぺし。と俺の頭に彼女の手が乗せられる。
そこから、絶対に地面とは平行ではない角度で彼女の手が彼女のおでこに移動していった。
「ほら、同じぐらいでしょ」
「先輩、平行って知ってます?」
「数学満点の私にそれを聞くとはいい度胸ね」
「知ってるじゃないですか。勝手に平行の概念歪ませないで下さい」
そういえば彼女は学校トップの頭脳の持ち主だった。
というか、引き合いに数学満点を持ってくるところも可愛いな。
「冬斗くんに身長を抜かれているという事実を認めたくなくてつい」
「やっと認めましたね」
「この前まではこんなにちっちゃかったのに」
そう言って彼女は自分の胸元の高さに手を移動させる。
「いや、久しぶりに孫を見たおばあちゃんの反応! というか、そんな小学生みたいな身長してませんでしたよ!?」
「ふふ。冗談だよ」
ああ。あのときの先輩だな。六年前と変わってない。
今、俺達はあのときのデートの続きをできているんだなと、胸が熱くなった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
俺が予約をしておいた少しおしゃれなお店で夕食をとった後、俺たちはイルミネーションが有名な公園に足を運んでいた。
地元の商店街なんか目じゃないぐらいのイルミネーションはあまりこういったものに興味のない俺にもとても魅力的に見えた。
「また写真撮ろうよ」
「いいですね。今度はブレないようにしましょう」
俺は彼女に寄りながら、彼女が構えたスマホを支えるようにして持つ。
「先輩も手が震えちゃってますよ」
「……寒いからね」
「お互い慣れていきましょ」
ぱしゃり。
今度は彼女が少し照れている写真が撮れた。大満足だ。
「あれ。またブレちゃってない?」
「本当だ、二人で押さえてたのに何ででしょう」
「そりゃあ二人ともドキドキしてたら意味ないからでしょ」
「確かに……」
それから二人で写真を見て笑い合った。
六年というときが経とうとも、結局俺と彼女はお互い慣れていないままの、初心な高校生カップルのままなのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
帰り道、彼女は可愛らしく首をかしげて俺に尋ねる。
「冬斗くんはクリスマスプレゼント持ってきてくれた?」
「六年前のは流石に今渡すのは恥ずかしかったので、新しく用意してきました」
「え。私、そのままなんだけど」
「雪帆先輩は六年経ったわけでもないんで大丈夫じゃないですか?」
「いや、今の冬斗くんには合わないかもしれないし。どうしよう、急に恥ずかしくなってきた」
「俺は気にしませんけどね」
俺は割と彼女が六年前に用意してくれたプレゼントは楽しみなのだが。
いや、彼女も同じように俺が六年前に用意したプレゼントを楽しみにしていたのだろうか。
「冬斗くんだけずるいよ。私だけ六年前のプレゼントなんて。冬斗くんのプレゼントも見せてくれないと平等じゃないよ」
「ええ……いや、俺のは本当に見なくていいですよ。今考えたら恥ずかしすぎるんで」
「だから見るんだよ。一緒に恥をかこうよ」
「嫌ですよ!」
「どうせ家にあるんでしょ。見せてくれるまで帰らないからね」
「そんな……」
結局、彼女は俺と一緒の電車に乗り、俺の最寄り駅まで着いてきてしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
俺は渋々、自宅の鍵を開けて玄関に雪帆先輩を招く。
こんなに夜遅くに彼女をノーアポで家に招くなんてことは、両親を心配させてしまうので本当はしたくなかったのだけど。
「一応、プレゼントは見せますけど、家には入れませんからね」
「せっかくだから入りたかったけど、しょうがないか」
「じゃあ取ってきますね」
そうして俺は靴を脱ごうとして。
「あれ……?」
急に頭がぼーっとしてきたような……
「冬斗くん……?」
気づくと俺は雪帆先輩に正面からもたれかかっていた。
「すごい熱……冬斗くん、しっかりして……!」
「すいません……雪帆……せんぱい……」
おかしいな……ここ数年、風邪なんてひかなかったのに……
――そこで俺の記憶は途切れた。
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