第2話 年の差逆転系カップル

 

 一度彼女の実家に帰ることにした俺たちは、あの日と同じ帰り道を二人で歩いていた。


「私、六年タイムスリップしちゃったの?」

「そうですね……」


 ここまで歩いていくうちに、この六年間であったことを彼女に軽く話した。

 彼女には六年前のクリスマスから今日までの記憶は無いようで、感覚としては六年分タイムスリップをしたような感じらしい。


「それは……びっくりね」

「あれ、思ったより驚かないんですね」


 そういえばこの人は滅多なことでは表情を変えなかったな、と少し懐かしくなる。

 いや、六年タイムスリップするのは滅多なことだと思うんですけど。先輩の心臓、鋼でできてたりします……?


「それより、いきなり大人になった冬斗くんにハグされた方がびっくりしたというか……」

「あれは自分でも感情が抑えられくて、無意識のうちにというか……」


 先輩の中ではタイムスリップよりも俺とのハグのほうが驚いたらしい。ちょっと嬉しい。


「六年経ったってことは冬斗くんは今、二十二歳ってこと?」

「はい。大学も卒業しました」

「そっか……いつの間にか追い越されちゃったな」


 そう呟く彼女は表情こそ変わっていないが、少し切なげに見えた。


「その間、ずっと私を待っててくれたんだ」

「……はい」


 彼女のいない六年間は、俺にとっては気の遠くなるほど長い時間だった。

 けれど、だからといって彼女と出会わなければよかったと思ったことは一度もなかった。


 俺がこの六年間、努力することを諦めなかったことも、間違った道を進むことがなかったのも、全て彼女と出会ったおかげだ。彼女がいつ戻ってこようとも、胸を張れる生き方をしようと思って生きてきた。


「ありがとう。六年間も、私のことを待ってくれて」


 そう言って彼女は立ち止まり、俺の頭を優しく撫でた。

 だが、今の俺はこんなことで照れたりはしない。もうあの頃の「かわいい」自分ではない。六年の努力を経た俺は、「かっこよく」なったのだ。


――そう、思っていたのだが、いざ六年ぶりに彼女に撫でられると一度引っ込んだはずの涙がまたこみ上げて止まらなくなった。


「当たり前っ……ですよ……」


 彼女は俺を抱き寄せる。

 俺は彼女の温もりに包まれながら、めちゃくちゃに泣いた。多分、一生分は泣いただろう。


「ずっと、私のこと好きでいてくれたんだね。嬉しい。でも大丈夫。もうどこにも行かないから」


 彼女の温もり、優しい声、それらはゆっくりと俺の心の穴を癒やしていった。




◇◆◇◆◇◆◇◆



 そんなこんなで、彼女の家に到着した。

 親子の感動の再開の後、俺は雪帆先輩の母親に勧められて、彼女の家に上がっていた。

 雪帆先輩の母親とは、彼女が失踪してからずっと協力して彼女を探していた仲だったから、割と信用は得られていると思っている。期せずしてこの六年間で外堀を埋めたみたいになっているのだった。


 ちなみに、彼女の父は海外に赴任中だったが、彼女が戻ってきたと連絡を聞くやいなや、一番早い飛行機のチケットを取ったらしいが、年末でチケットが余っていないせいか、結局帰るのはもう少し先になるとのことだった。


立川たちかわくんもありがとうね。娘を連れてきてくれて」


 どうでもいいことだが、俺の名字は立川といった。


「僕もどうして雪帆さんが戻ったかはわからないですけど、とにかく戻ってくれてよかったです」

「本当にそうねえ……」


チーン、と感動の余韻をぶち壊すかのように電子レンジが温め完了の合図を鳴らした。


「これ、今日の夕飯の残りだけれどよければどうぞ。作りすぎちゃったけど、逆に良かったわね」

「ありがとうございます」


 そうして大量のグラタンがテーブルに並べられた。

 とても一人で食べる量には見えないけど、このお母さんはもしかして娘が帰ってくるのを予言してたんだろうか。いや、にしてもやばいなこの量。


「すごい美味しそうです」


 俺と雪帆先輩は揃ってホカホカのグラタンにがっつく。


「冬くん、なんだか前に見たときよりも痩せちゃってるけれど、ちゃんとご飯食べてるの?」

「あー……えっと……ぼちぼちですかね」

「ちゃんと食べたほうがいいわよー。今は大丈夫でも、歳をとったときにどっと出るんだから」


 こういう面倒見がいいところは、親子でよく似ているなと思った。雪帆先輩に何度健康の心配をされたことか。


「なら、私が作りに行ってあげようか?」

「それはすごい魅力的ですけど……」


 魅力的なのだが、親御さんがいる前で高校生の娘にご飯を作ってもらう話をするというのは、なんというか、色々気まずさを感じてしまう。


「流石に遠慮しときますね」


 すいません先輩、ここは大人として一歩引き下がらせて下さい。社会人の一人暮らしの家に女子高生を呼ぶのは色々絵面がまずいです。


「んー、私は本気だったんだけどな」

「そうねえ。この子、冬くんと付き合い始めてからお料理の練しゅ……」

「ちょっとお母さん……!」


 雪帆先輩が珍しく(本日二度目だが)感情を見せる。雪帆先輩は六年前と変ってないはずなのに、美人の印象から、かわいく見えるようになったのは何でだろうか。俺が先輩の歳を追い越したからだろうか。


 というか、先輩、俺のために料理の練習を……? 早くも料理の提案を断ったことを後悔し始めたぞ。


「はいはい。ごめんね。お母さんもちょっと嬉しくなっちゃって」

「……もう」


 こういうところを見ると、先輩にも年相応なところがあるんだなと思えて自然と笑みが溢れる。十八歳と二十二歳、六年の空白ができて、その間に年齢も逆転しちゃったけれど、これからその空白を埋めていけばいい。


 二人でならきっと、この恋をもう一度やり直すこともできるはずだ。




◇◆◇◆◇◆◇◆




「僕はタクシーで帰ります。明日も仕事があるので」


 いつの間にか、時刻は三時を回っていた。今から家に帰っても寝る時間は無いだろうが、だからといって帰らないわけにはいかない。

 あれ、なんで俺は恋人と六年越しの再開を果たした日に仕事に行かないといけないんだ? とはいえ、簡単には休めないんだけどな。


「あら、泊まっていってもよかったのに」

「今日は遠慮しておきます。また年末になったら会いに来ますね。ご飯は……とりあえず自分で頑張ってみます」


 嘘です、泊まって行きたかったし、ご飯も食べてみたいです。しかし悲しきかな、今の俺は社会人、高校生の頃のようにはいかないのだ。神様、俺の年齢も六歳分調整できませんか。


「またね。冬斗くん」


 玄関先まで送りに来てくれた先輩が、小さく手を振る。


「はい。また会いましょう」


 彼女は、俺が見えなくなるまで見送ってくれた。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          

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