2.繋いだ手は離さない

第8話 仕事納めの日


 結局、二十六日は休みをもらい、一日静かに過ごした。

 ちなみに雪帆先輩は父が帰ってきたとのことで朝に帰っていった。正確には、帰るのを渋る彼女を無理やり俺が帰らせたのだが。

 

 そんなこんなで、今日は十二月二十七日。

 体調も回復し、一日ぶりの出勤だ。


「昨日、一昨日はご迷惑をおかけしました。もう大丈夫です。今日、明日、明後日と、バリバリ働かせてもらいます」

「無理する気まんまんじゃねーか」

「でも今年の仕事もあと三日だし」

「今年は二十八、二十九日は土日だろ。今日で仕事納めだぞ」

「あれ、そうだったのか」


 この一年、土日を休みだと思ったことがあまりなかったから意外だった。一ヶ月の稼働時間とか計算したらどうなるんだろう。いや、やめておくか。


「この会社は年末まで休日出勤させるほど腐っちゃいねえよ。まあ、病み上がりのお前にはちょうどよかったな」

「確かに。あとさ、さっきから三城さんの様子がおかしいんだけど、石堂何か知ってるか?」

「そうかしら? 私はいつもどおりよ。はぁ……」


 今日の三城さんはなんというか、元気が無さそうに見えた。目にはくまが浮かんでいるし、まだ朝なのに黄昏れてるし、なんとなく覇気も足りない。いつもはもっとキレがあって頼りになる上司という感じなんだけれど。


「ほら、隙あらばため息ついてるよ。絶対何かあったって」

「お前のせいやろがい」

「そうなのか……」


 石堂につっこまれて、俺は少し三城さんの不調の理由を考える。


 心当たりは一つだけある。雪帆先輩が帰ってきた件だ。


 学生時代、三城さんにデートに誘われたことがあった。そのときはやんわり断ったのだが、その代わりとして三城さんと食事に行ったことがあった。

 そのときに、俺は雪帆先輩が消えてしまって、今でも探し続けていることを三城さんに話したのだった。

 これは、自分にはもう心に決めた相手がいるので、もし三城さんが俺に多少なりとも好意を持っていたとしても、それを返すことはできませんよ、といったニュアンスを含めた上で話した部分があった。もちろん、彼女の方にその気がなかったのであればこれは俺の全くの思い上がりなのだが。


 そんなことがあってからの、二日前の出来事だ。なんとなく関連があると思うのは自然なことだと思う。これで関係なかったら俺はめちゃくちゃ恥ずかしい奴になるな。


「はぁ……」


 三城さんが隙を見つけたのか、またため息を吐く。


「――ところで、石堂は実家帰るの?」

「えげつない角度で話題転換してきたな。まぁ、あれはそっとしておくのが一番だろうけどな」

「俺もそう思って」

「ああ。で、実家帰るかだっけ。帰るぞ。なんならお土産買ってこようか? お前甘いの好きだったよな」

「うん。好きだね」

「――はぁ……」


 三城さんが遠くでため息を吐くのが聞こえた。

 『好き』はNGワードだったかもしれない。

 会話を仕切り直そう。


「――最近、急に寒くなったよね」

「確かにな。そういえば立川も今日は珍しくマフラーしてきてたな。いつの間に買っ……あっ」

「――うっ……」


 三城さんが遠くでうめくのが聞こえた。

 俺は今日、雪帆先輩からもらったマフラーを早速巻いて来たわけだが、そのせいで石堂が地雷を踏み込んでしまうとは。

 今のは話題を振った俺にも非があるかもしれない。

 仕切り直そう。


「――年末はそばとか食べるの?」

「食べるな。うちは年を越す直前に食べるのが毎年の定番なんだ」

「へー。夜ご飯とは別で食べるんだ」

「そうだな。うちの両親は馬鹿みたいに夕飯つくるから毎年そばを食べる頃には腹がふくれて大変なんだよ。まったく。もう歳を感じ始めてるぜ」

「――歳……はぁ……」


 三城さんが遠くで落ち込むのが聞こえた。

 石堂、アウト。

 確かによく考えると『歳』もNGワードだったな。

 いや、今のは流石に石堂の自爆だけど。


「くそっ……人を気遣うって大変だな……お前はよくやってるよ」

「俺もまだまだだよ」


 確かに、石堂は前から場の空気を読むのが苦手だって言ってたな。でも、俺も

まだまだだ。自分の彼女が考えていることすらよくわかっていないのだから。




◇◆◇◆◇◆◇◆



 業務が終わり、退社のムードとなった。外はすっかり暗くなり、大きな窓からは都会の夜景が綺麗に見えた。


「朝はごめんなさいね。気を遣わせちゃってたみたいで」

「本当ですよ。あれ以上続けられたら、酔ったときの三城さんの話を立川にバラすとこでしたよ」


 石堂が少し嫌味っぽく言う。


「あれは絶対に駄目よ!?」

「わかってますよ。言いませんてば」

「駄目、で……すっ……からね……?」


 三城さんが石堂の耳元でささやくように言った。

 とりあえず、俺は聞こえないふりをしておいた。

 そういえば、三城さんって酔っ払うと敬語になってたよな。なんか懐かしいな。あれ、三城さんは俺にバレてないと思ってたのか。本人が知られたくなさそうにしてるし、知らないことにしておくか。


「二人で何話してるんですか?」

「何でもないわよ?」

「そうそう。何でもない何でも無い」


 けらけらと笑う石堂をむっと睨む三城さん。

 この二人もなんだかんだ仲が良さそうに見えた。


「二人共、今年一年ありがとうございました」

「おう。立川もな」

「今年はもう最後だものね。良いお年を、ね」

「はい。また来年です」


 そうして俺は、三城さんと石堂と別れ、帰路についた。

 気づくと、スマホにメッセージの通知が入っていた。画面には鹿島瑠夏かしまるかと表示されている。俺は通知をタップしてみる。


〈立川くんって和装持ってる??〉


……鹿島先輩はいつも急だな。


 俺は鹿島先輩にささっと返信をすると、スマホで服屋を探し始めた。

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クールな年上彼女の歳を追い越したら昔は気づかなかった子供っぽさが見えてきてめちゃくちゃ可愛い けい @KeiShinonome

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