幼馴染は負けない

「……ったく、遊び疲れて寝るって子供かよ」


 俺は隣で眠る霞を見ながらそう呟いた。

 霞と二人で海に行ったわけだが、本当に楽しかった。お互いに童心に帰るとは言い過ぎかもしれないが、水を引っ掛け合ったり純粋に泳いだり……岩場に行った時は少しそれっぽいことになりかけたけど、そこは鋼の精神で我慢した。


「すぅ……和希ぃ……むにゃむにゃ」


 そうやって遊んだ帰り道、バスに揺られながら霞は俺の肩に頭を乗せるようにして眠ってしまったのだ。

 ……本当に楽しかった。

 どれだけ時間を置いても、常に隣に霞が居た今日は幸せな時間だった。


「……本当に悪かったな」


 眠る霞の頬を撫でながらそう口にした。

 こんなにも俺を好きで居てくれた子から数年間離れてしまっていたことはいつ考えても罰当たりだなと思う。そこに俺自身の気持ちがあったとしても……それに、ああやって霞が歩み寄ってくれなければきっとこの関係は構築出来なかったはずだ。


「今更都合が良いのも分かってるし、こんなことを気にしても仕方ないって霞は笑うんだろうな」


 実際にその通りではあるんだが……まあ、マイナス思考はここまでだ。


「本当に、なんで霞はこんなに素敵な女の子なんだ?」

「……………」


 霞と一緒に居れば居るほどそう思うようになった。だからこそ、そんな霞に応えられるように俺も頑張らないとなって気持ちになる。相手が素敵であればあるほど、俺がこんなのでいいのかと思うこともあるが結局は俺たち次第なんだ。


「……ぅん」

「……だからなんでそんなに可愛いんだっての」


 寝ぼけているのか、さては密かに起きているのかは分からない。霞はギュッと俺の手を握り、更に強く体を寄せてきた。少し窮屈だったので抱きしめられている腕を解いてもらい、霞の肩に腕を回すようにした。


「なあ霞」


 寝ているんだろう? なら言わせてもらうか。


「結婚とかどうとか、正直まだ分からん。でも霞から言わせたのは……霞的にはどうだった? やっぱりああいうのは俺からってのが……な?」

「……………」


 そこだけ少し心残りかもしれん。

 まあでもどっちが言ったかの違いでしかない、それこそ霞の方が気にするなって笑いそうだな。


「全然気にしないで。結婚することは決定事項だからどっちが先に言ったかの違いしかない……とか言いそうだわ」


 いや、きっと言われそうだ。

 だからこそ、そんな風に俺を好きで居てくれる霞を裏切るわけにはいかない。責任重大だが……嫌ではない、むしろ彼女の為に俺の時間を使えるのは寧ろ望むところってやつだ。


「……結婚、しような。将来必ず」

「うんする」


 そんな俺の呟きに返ってきた声があった。

 まあ起きていたことは半ば予想したいけど……そう言った霞は目をバッチリと開けて俺を見つめていた。やっぱり起きていたかって気持ちだけど、こんなところもまた霞の可愛いところか。


「よしよし」

「子供扱いだ……でも好きだからしてほしい」

「あいよ」


 霞の頭を撫でてあげると気持ち良さそうに目を細めている。

 こうして俺たちの遠出は終わりを迎えた。また一つ、霞との思い出が増えたのだ。




 そんな風にして霞との日常は続いていった。

 数ヶ月が過ぎてついに父さんの単身赴任の日程が終了し、母さんと共に帰ってきてからは霞もあちらの家に戻ることになった。とはいえ霞の家は目と鼻の先、いつでも会えるし触れ合うことが出来るのは当然だった。


 そして今日もまた、霞と一緒に時間が過ぎていく。


「それでね。舞ったらひどくて――」


 霞の友人たちの話に相槌を打つ。

 あれから彼女たちともそれなりに親しくなり、今では名前を呼び合うほどにまでなった。一時期は霞が少し嫉妬みたいな感情を見え隠れさせていたが、それもすぐに慣れたのか今では彼女たちと仲良くなってくれてありがとうと言ってくるくらいだ。


『がるるぅ!!』


 まあそういうことにならないのはお互いに分かっているが、それでも霞は彼女たちに牽制せずには居られなかったらしくずっと唸っていたのは……こう言ってはなんだが面白かった。


「……?」


 霞とのことを思い返していると、なんとも言えない優しい表情で霞がお腹を撫でていた。当然痛そうにしているわけでもないし、痒い? わけでもないのだがどうして霞はお腹を……。


「……えへへ、私と和希の愛の結晶♪」

「……はいっ!?」


 俺と霞の愛の結晶、お腹を撫でるということはつまりそういうことだ。

 だがしかし、俺は嬉しさなんかよりも焦りの方が大きかった。だって俺たちはまだ高校二年で子供だし、何より霞とする時はちゃんと気を付けていたのだから。


「嘘、冗談」

「……心臓に悪いってマジで」


 いずれそうしたいのは山々だが、マジで心臓が止まるかと思った。

 冷や汗すら掻いた俺を見て霞はクスッと笑い、ごめんなさいと言って抱き着いてきた。


「和希は……私と居れて幸せ?」

「何を今更。当然だろ?」


 本当に今更な言葉だ。

 そう返すと霞は嬉しそうに私もと呟き、顔を近づけてキスをしてきた。甘く触れ合うだけのキスだったが、やっぱり俺の心の中には幸せが広がっていく。この子を腕に抱けて幸せだと、この子と共に歩む日々が本当に素敵なのだとそう思っている。


「幼馴染は負けないの」

「え?」

「幼馴染はね? 絶対に負けないんだよ」

「……そうだな。確かにその通りだ」


 少なくとも俺と霞はそうだった。

 何かが嚙み合わなければこうして一緒にならない未来もあっただろうが、俺たちは今こうして二人一緒に居る。幼馴染だった俺たちが恋人になり、将来を約束するほどに愛を育むことが出来たのだ。


「私は和希を好きになった自分を信じ続けて良かった。それがこんなにも幸せな日々に繋がってるんだから」

「……それは俺もだな。俺は自分を信じられなかったけど、また霞を好きな自分を信じたいって思えるようになった。それも全部霞のおかげだ」


 まあ、何よりも自分に自信を持つことが大切だって教わったようなものだ。

 誰かを好きになることは自由で、その誰かの傍に居ることも周りの許可なんて必要ない。俺たちがどうしたいか、それだけが一番大切なのだ。


「和希、好きだよ」

「俺もだよ、霞」


 もう俺たちは大丈夫だ。

 この先何があっても……互いに互いを支え合い補って、そうやって俺たちはどこまでも進んでいく。


 霞との日々をこれからもずっと、歩み続けていく。






【あとがき】


ということで完結となります。

幼馴染ネタは中々に難しかったですが何とか終わらせることが出来ました。


こちらの作品もたくさんの応援など本当ありがとうございました!

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久しぶりに話をした幼馴染がグイグイ来る件 みょん @tsukasa1992

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