余談
あっという間に遠ざかっていった平野の背中を、竜宝と金井は微笑ましく見送った。
「お優しいですね、竜宝様?」
「スマホの位置情報を勝手に割り出しておいて?」
「そこはほら、必要経費というやつでしょう」
金井はへらりと笑って、壁にもたれかかった。
窓枠に顎を預けた竜宝が、嫌そうに口を尖らせる。
「……美山は巻き込まれたんじゃない。
「詳しいことは存じ上げておりません。ですが、可能性は高いと思います」
「九十九パーセント間違いないと踏んでいる。美山の情報は俺たちと父しか知らない。まして美山が平野を餌にすれば動くだなんて情報、探ろうと思っても探れないはずだ」
「……」
「わざと相手が美山に接触するよう誘導した――と睨んでいる。違うと思うか?」
金井はその問いには答えなかった。
「では、罪滅ぼしのおつもりで?」
「ははっ、まさか」
竜宝は軽く笑い飛ばした。
「すべて打算だ。言っただろう? 美山はうちに引き込む、と。平野とは関係なくな。だが、平野にその気があるなら、くっ付いてくれた方が何かと引き込みやすい。それだけの話だ」
「本当に?」
「……上手に芸をした犬には、ご褒美のおやつがいるだろう?」
「それだけですか?」
竜宝は溜め息をついた。さすがに一番付き合いの長い男とだけあって、金井にはどこまでも掘り下げられてしまう。
「俺は基本的に“面白い方に3000点”主義だが、それと同時に――“幸せな方に5000点”主義でもあるんだよ」
「おや、それは意外でした」
「お前の方こそ、平野と弟を重ねて、随分と好き勝手言ってたじゃないか」
「いや本当に弟にそっくりなんですよ。だからつい」
金井は相変らず笑ったまま、
「それに、竜宝様。あなたの“幸せな方に5000点”主義――実は私もそれですから」
「……そうか」
「上手くいけばいいんですけど」
「平野は二度も失敗するほど馬鹿じゃないだろう」
「そうですね」
「金井も、ご苦労だったな。休みはまた別の日に取ってくれ」
「はい。では、失礼致します」
金井は丁寧に頭を下げて、屋敷から出ていった。
「……さて。これで、三人目の調査も終了だな」
学園内において本人あるいは両親の動向に不審な点があった人物――
江国咲貴子。
霜月七星。
そして、美山美玲。
(さすがに、自分で自分の調査は出来ないからな)
結局、美山の両親の動向はよく分からないままだったが。
本人がここまで食い込んでしまえばもう関係ないだろう。
竜宝はニヤリと笑って、屋敷の中に引っ込んだ。
☆
「……“俺”って言ってますけど、そっちが平野さんの素ですか?」
「あっ……ええと、ええ、そうです。御ノ道家で仕事をするようになってから、言葉遣いを矯正されたもので……」
「それじゃあ、敬語も本当は仕事用なんですか?」
「そうです」
「……と、取れます?」
「えっ」
「いや、敬語じゃない平野さんって想像つかない、なぁ、なんて……ちょっと見てみたいなぁ、と……。妹さんとは、敬語じゃないんですよね?」
「ええ、まぁ、そうですが……」
「じゃあ、妹さんと話す感じでお願いします!」
「ヴンッ。――……ええと、何を、話せば?」
「あー、えっと……あっ、じゃあ、妹さんの話しましょう! どんな子なんですか?」
「
「けっこう歳は離れてるんでしたっけ?」
「十二歳下です……じゃ、なくて、ええと、十二歳下」
「十二歳下ってことは……ええと?」
「俺が今二十六なので、そろそろ十四になる」
「私の三つ下! いいなぁ、妹さん」
「会いますか?」
「えっ? いいんですか?」
「彼女が出来たら会わせろ、って言っていたので」
「かのじょ……うへへ……」
「うるさいやつですが、きっと美山さんと気が合うと思いますよ。料理とかにも興味を持っていますし、一人で過ごすことの多いやつでしたから。少々変わり者ではありますが、俺と違って話し上手ですし――あ。すみません、敬語……」
「ふふっ、いいですよ。やっぱり話しやすい方で話してくれた方が、私も嬉しいです」
「……美山さん――」
「はい?」
「――と、お呼びするから悪いのかもしれませんね」
「……ん?」
「その内、その……名前で、呼べるようになったら、たぶん敬語も取れるのではないかと……」
「……どっちが先になりますかね?」
「どっちが?」
「……敬語がなくなるのと、名前で呼ぶようになるのと」
「……」
「いい勝負になりそうですね。まぁ、焦らずにいきましょう。時間はたっぷりあるんですから」
と、腫らした眼で眩しそうに笑った美山さんが、この世の何より可愛らしくって――
(間に合ってよかった)
俺は心からそう思った。
おしまい
美山美玲はただのモブ? 〜この恋心はステルスできません〜 井ノ下功 @inosita-kou
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