第20話 仮面の上手な盗られかた。 ①








 アタシというヤツは、小さな頃から何でも出来るほうだった。


 こんな発言聞かれれば、世の中ナメくさったクソガキめと後ろ指をさされかねないけれど、勉強も運動も、さほど苦労せずともほどほどに出来たわけだからしかたない。

 努力なんてする必要ないからね、人生わりとイージーモード。

 我ながら楽に生きてるなと手放しで自画自賛する毎日をおくっております、ありがたいことに。

 かといって周りより先んじよう、優位に立とう、目立ってやろうとかなんだとか、そんな面倒くさいことにも興味はなくて、まぁ、極端に秀でたところもなかったからね。

 生粋の事なかれ主義も相まって、目立つ故の妬みや嫉み、学校生活におけるイジメなどとは全くの無縁。ありがたいことだ。いままで生きてきた約十六年の間で、特に躓いた経験はなかった。

 それでもまぁ、しいて自分のダメな点を上げるとすれば、口ベタなところだろうか。

 生来、人嫌いな質でもある。

 もし願いが叶うのであれば、家族以外の相手には、一日に口から出す言葉は原稿用紙一枚、ないし二枚ほどが理想だと、今すぐにでもカビが生えてきそうなほどに暗いことを真剣に考えるほど。

 我ながらこのままではろくな大人にはならないぞ、こりゃダメだとわかっちゃいるのだけど、小さな頃からやる気がなければ愛想もない。日がな一日ゴロゴロと、部屋で気ままなボンクラ三昧。

 んなもん治るんならとっくに更生しているよと、半分諦めたように呆れ果てているのだから手に負えない。

 もちろん、時の流れは平等かつ残酷だから、やはりそんな人間でもそのうち社会に出て行かなければいけない時期が来る。

 理想は終身名誉ニートだけど、死ぬまで両親の脛をかじり続けるのも考えもの。

 ただ、こんな調子でいざ社会に出てみれば、きっと苦労するのは目に見えている。

 アタシだってわかってはいるさ。こういう考え方しか出来ない自分が、社会不適合者だなんて、皆まで言うなと笑ってしまうくらいには理解している。

 でもさ。

 困ったことにそういう自分が嫌いではなくて、むしろ好ましいから改善しようがない。あれよあれよと、この歳までずっとこんな感じなわけだ。

 逆に両親は、そんなアタシの将来を危ぶみ、考えてくれていて、一人娘がずっとこうなのだ。このままではダメだと、いろいろと試行錯誤してくれた。

 それが両親からの愛情だと理解しているし、嬉しいし、ありがたくてたまらない。

 ただ、ほんのちょっとだけ、アタシの性格がこういう風になったのには、そんな両親の努力があったからこそという所もあって。


 そう。あの時は、ちょっと、やり方を間違えただけなんだ。


 二親共に、こんなハミ出し者の生態を理解できていなかった。そりゃそうだ、こんな面倒な子、そうそういやしないからね。

 もちろん、ふたりに悪気があったわけじゃない。そんなことは百も承知さ。でも、言い出しっぺは母だった。

 あぁだこうだと宥め賺して、とある場所に、アタシを連れ出したんだ。

 でもそこは、あぁ、いまさら思い出したくもない。とても眩しくて、悲しくなるほど辛かった。

 日陰と静寂を好む生き物が、無理矢理に日の当たる場所へと連れ出されれば、御多分に漏れず拒否反応を起こすというもの。しかも、中学生になったばかりの多感な時期だったのも手伝った。


 結果としては、ハッキリ言って逆効果。


 やっぱり人付き合いはクソじゃないか、時間の無駄だと再認識するには充分で、そうだね、もちろんイヤなことばかりではなかったけれど、最終的にはザックリと心に爪を立てられて、もうムリだと、アタシが逃げるように諦めたのだから失敗なのだろう。

 数年前のそのことがきっかけで、まぁ何事も、そう狙ったとおりに上手くはいかないのが世の中の常。なんやかんやと間違えて、さしたる改善もなせぬまま今に至っていた。

 きっと死ぬまで捻くれた性分なのだろう。はっきりと、これだけは言える。

 他者との関わりを嫌い、自分の世界で生きていく。それがアタシ、自慢にもならないけどね。


 だから、高校生活もきっと小中学校の焼き直しだと考えていたし、そうしようと動いていた。

 アタシにとって、学校なんて所は、行ってお弁当食べて帰ってくるくらいでちょうどいいのだ。

 授業なんて座っていれば勝手に終わるし、学校で無駄なカロリーなんて使う意味がない。誰とも関わらずに、空気のような毎日を送るのが理想的。

 本音は、学校なんて行ったって同じだと考えているけれど、行かないと言えば、両親が変に心配するだろうし、アタシは本当にあの二人のことだけは大好きなのだ。そんな両親の悲しむ顔なんて、間違っても見たくない。

 それに、将来は自分の好きなことだけをやって生きていく。なんてことを命題として掲げているわけだし、いざ進みたい方向を見つけも、学歴云々が必要だとか、後から言われても癪だしね。

 心底、そこに他者の存在は微塵も必要ないし、無意味な関わりこそがアタシにとってストレスで、大いに矛盾の生じる学校生活だけど、自分が自分で居るためには仕方のない事だってある。

 お金や知識、肩書きなど、無いよりは有ったほうが有利なものだ。

 学歴だって右と同じさ。それらがただ座っているだけで手に入るならそれに越したことはない。


 だからこそ、アタシは猫をかぶるのだ。


 なんせ、本来、学校生活を営む上で、アタシの性格は大きなマイナスである。

 頑なに空気を読まないのは致命的。

 一度たりとて場に流されないのも考えもの。

 楽だからと、はたまた相手にしないでと、無言による自己主張も、他人の意見を尊重できないのなら目も当てられない。

 それが個性だという人も居るけれど、学校とは集団生活なのだ。周りを不快にさせる個性なら、排除されるにきまっている。

 アタシの素を全てさらけ出せば、明日にも嫌われる生き物である。それは自信を持って言える。

 ただ、幸運なことに見てくれは良い方だったし、なによりも性別が女だったことも追い風となったのだろう。

 さらには賢しいというのか、はたまたズル賢いというのか。幼少期からこんな感じなんだ、面倒なことから逃げる事に関しては定評があるアタシだよ。

 間違っても自慢することではないけどね。

 小さい頃から必要に駆られ、その結果、身につけた処世術とも言うべきか。

 特定の親しい友人を持たず、それでいて話しかけられたら誰にでも笑顔で応対し、余計なことは言わない聞かない手出ししないを心がける。これの繰り返しで今まで楽に生きてきたと自負している。

 だから、今回もそうするつもりだった。

 せっかく家から近く、もちろんそこそこ進学率の高い、そして苦労せずとも入れるレベルの高校を選んだんだ。

 あとは、今までどおり当たり障りのない無色透明無味無臭なひとりの生徒として、楽しく生きていこうと考えていたのに。

 それなのに。

 アタシは今、窮地というかなんというか。

 少し考えが甘かったのだろうか。それとも、持ち上がりの中学までとは違い、メンツの大幅に変わった高校は、こうもやりづらいものなのか。


「――いい天気ですね」


 はじめは、自分にかけられた言葉ではないと思った。


 確かに今日は気持ちの良い快晴で、ぽかぽかと暖かく、うかうかしていると睡魔に襲われてしまいそうだ。

 でも、この場所は少し日陰になったところにあるし、職員室のすぐ脇にあるからあまり生徒が寄りつこうとしない。

 だからこそ、アタシのお気に入りになり得たわけだから、こんな所に誰が好き好んで来るもんか。きっとさっきの言葉はどこからか聞こえてきたものだろう。

 だから、声につられてなんとなしに目を向けた、その程度の事だった。

 だけど、


「お一人ですか?」


 言葉を失ったのは、はじめてだった。


 アタシはただ、中庭でひとり、本を片手にお昼を食べていただけなのに。

 教室や学食は混むからと、逃げるように探したせっかくの隠れ家なのに。

 あと、母が作ってくれる可愛いキャラ弁が、どうにも恥ずかしいからひとりでいたいのに。

 それなのに、――目眩を覚えたのもはじめてだった。


 なんせ、視線を上げたその先に。

 柔らかな木漏れ日の下に、とんでもない美人がいたのだから。


 腰まで届くキレイな黒髪を春風に遊ばせて、形の良い瞳、柔らかそうな唇は笑み、スカートから伸びる真っ白な足なんて、もうスラリと見事なモノだった。

 そんな子が、可愛いお弁当の包みを片手に、いつの間にか音もなく目の前に立っているのだ。

 何が目的なのだろうか。こんな場所だから、辺りを見ても他に誰がいるわけでもなく、とすればやはり声をかけられたのはアタシで、かけたのはこの美少女。


「およよ、お弁当箱の中にクマさんと、ブタさんと、ニャンコがいますね。可愛い」


 あの、お弁当をのぞき込むのはやめて下さい。


 そう、いつもなら言えるのだろうけど、どうにも今はムリ。

 高校生にもなってこんなファンシーなお弁当を持参しているのだ。しかも外面は人畜無害な優等生を演じているアタシだよ。

 キャラ的にもミスマッチで、更には母が早起きして作ってくれたお弁当を周りに冷やかされてもみろ。間違いなくアタシの付ける他所行き用の仮面は剥がれ落ちる。

 そうなったらあとは最悪だ。長年積み重ねてきたイメージが、水泡に帰すなんてそれこそやってられない。もうイヤだ、面倒だと全部を放り出して引きこもり街道まっしぐら。

 だからこそ、こんなところに避難して、息を殺してモソモソやっているのだ。

 万が一にも、お弁当ひとつでこんな目に遭うなんざまっぴら御免。誰かに見られるのなんて死んでもイヤなのに、あり得ないのに、それなのに、――今、アタシは声のひとつも出やしない。


 間近で受けた美という圧倒的なパワーに、精神がひれ伏したと言ってもいい。


「ご一緒してもいいですか」


 芸能人にはオーラがあると聞いた事があるけれど、たぶん今感じているこの圧がそうなのかもしれない。


 中庭の片隅、皆から忘れられたような場所にある、それこそ男子が座れば壊れてしまいそうなそんな古ぼけたベンチで、


「お隣、失礼しますね」


 目が覚めるほどの美人に絡まれたのだから。そして、


「あっ」


 と、ようやく出た声も、この一言だけだった。


「――ぎょえっ!」


 代わりに聞こえたのは、乾いた木が割れる音と、――可愛らしい断末魔。


 “ このベンチにふたりはムリですよ。 ”


 さっきまで呆けていたからか、そう言うより早く。――隣の美少女が姿を消した。

 いや、その子の小さなお尻が乗るやいなや、小気味のいい音と共に、彼女の全身が視界から下に消えたのだ。

 どこからそんな声が出るのだろうか。踏んづけられたウシガエルのような、というと失礼だろうけど。


「……べ、弁償ですかね」


 とっさに立ち上がり一人だけ難を逃れたアタシの横で、――古ぼけたベンチの残骸と共に、少女は地面へとちょっこり尻餅。

 間違いなく、『大丈夫ですか?』くらい言うべきだし、いつもならやっかいごとは御免だと、後腐れ無く上手に立ち回る場面なのだけど、……目の覚めるような美少女の出現と、見事なまでにベンチが壊れたことも相まって、いよいよ言葉なんて出てこない。


 混乱するアタシは、もはや置き去り。


 ただ、なんでだろう。

 こういうのがギャップ萌えと言うやつだろうか。

 手元のお弁当だけはしっかりと死守しながらも、


「で、出来ればこのことは、ふたりだけのヒミツにしてもらいたいのですが」


 真っ赤な顔の彼女の姿に、どうにも笑いが止まらなかったのだから、ホントに我ながら失礼な話だ。








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前世にて、なにやら借りがあるようで。 コカ @N4021GC

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