後編
「いただきます」
目の前に座る彼が、律儀に挨拶を口にしてから、パフェにスプーンを伸ばす。
自宅ならば構わないけれど、ここは喫茶店。しかも食事ではないのだから、わざわざ「いただきます」は少し恥ずかしい。でも、この程度の『恥ずかしい』は許容範囲だった。
それよりも……。
「コウタくん、何やってんの?」
「え?」
少し呆れたような目で私が尋ねると、彼はキョトンとした顔で、スプーンを動かす手を止めた。
「パフェの食べ方よ。もしかして、例のやつ……?」
チョコレートパフェの上側にある、茶色のアイスクリーム。彼はそこに、真横からスプーンを突っ込んでいたのだ。
ちょうど、砂山でトンネルを掘るのと同じような角度から。
「ああ、うん」
曖昧に頷く彼。
私の想像通り、パフェのアイスクリームにトンネルを開けるつもりだったらしい。
こんなものにまでトンネルを掘りたくなるのは、登山家の「そこに山があるから」みたいな気分なのだろうか。
「さすがに無理でしょ、それは。途中で崩れちゃうわ。それに、食べ物で遊ぶのは失礼よ」
やんわりと注意する私に対して、珍しく彼は、恥ずかしそうな笑みを浮かべた。
「いや、だけどさ。難しいからこそ、願掛けみたいな気分で……。ほら、『これでトンネル貫通できたら、ナオコちゃんと幸せな家庭が築ける!』みたいな」
当の本人を前にして、よくもまあ、堂々と言えるものだ。
改めて呆れ顔を作りながら、私は彼のアイスクリームにスプーンを伸ばして、勝手に食べ始めた。
「じゃあ、私も反対側から掘ってあげる。二人で協力すれば、それも可能じゃないかしら?」
(「トンネル大好き!」完)
トンネル大好き! 烏川 ハル @haru_karasugawa
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