LUCKY SHOES(赤い靴2)

源公子

第1話 LUCKY SHOES(赤い靴2)

「ハア……明日からどうしよう。大家さん、お家賃待ってくれるかなぁ」

 今日バイト先をクビになった。私が悪いわけじゃない、バイトの社員全員リストラされた。どこもキビシイのだ。貧乏学生に社会は冷たい。銭湯のシャワーをバシャバシャ浴びて、涙をかくして泣いた。

 ドライヤー代の20円も節約して帰ろうとした時、靴がないのに気がついた。銭湯のおばちゃんと2人で探したがない。客は私が最後の一人だった。

「まちがって履いていったんなら、その人の靴が残ってるはずだけど……やっぱり盗まれたのかねぇ」高校の時から履いてるあんなボロ靴だれが? それでも私が持ってる唯一の革靴だったのに。

「しかたない。サンダルでも貸してあげようか。あんた足のサイズいくつ?」

「23センチです」

「23センチなの? じゃあこれあげるよ。昨年の落とし物の福袋に入ってたんだけど、持ち主があらわれなくてさ。サイズあわなくて捨ててったのかもねぇ。新品だからもったいなくて、ゴミにもできなくて取っといたのよ」

 そう言うと番台の奥から、Lucky Shoesと書かれた白い靴の箱を出して来た。

 そんなブランドあったっけ? 箱の中にはエナメルの真赤なパンプスが入っていた。

「西洋じゃ、“良い靴は履く人をステキな所へ連れてってくれる”って言うんだって。のこり物には福があるともいうだろ? これも何かの縁、きっと良いことあるよ」おばちゃんは、私が元気がないのに気付いていたようだ。ともかく何か履かなきゃ帰れない。サイズは合ってるし、もらって帰ることにした。

 新品の靴はやはりうれしい。ウキウキして足取りも軽い。靴も履いてもらえて喜んでるような気がしてきた。ホントに良いことあるかも。ラッキーシューズだものね。

「履く人をステキな所へ連れていくのか――それが本当なら、私を新しいバイト先へ連れてってよ」ふざけてそう言ったとたん、グンと足が反対方向に動いた。

「な、何?」どんどん靴が勝手に歩いて行く。当然履いてる私も付いて行く。

 いつもの帰り道の反対方向へ少し進んだ角の所に、小洒落た喫茶店があり、ドアに「アルバイト急募」の張り紙があった。私はその場で採用された。


 それ以来、私はラッキーシューズに助けられどおしだ。

 いつものスーパーに買物に行こうとすると、なぜか別のスーパーに来てしまい、中に入ると、買おうと思っていた品が“大特売”になっているのだ。

 リサイクルショップで服を買おうとすると、ピッタリサイズの掘り出し物の前でピタリと止まって動かなくなる。おまけに、どれもこれも赤い靴のひきたつ最高のコーデになっている。

 ――この靴、すごくセンスが良い。おかげで安上がりにオシャレができて、鏡にうつる自分が前より可愛くなったのがうれしい。

「今日はどこへ行くの? ラッキーちゃん」玄関でそう言うのがクセになった。

 その日も、し○むらの夏物バーゲンを見ていたら、白いTシャツの前で靴が止まったのだけど――

「2Lサイズ?」私は普通にMサイズなのだ。いくらなんでもこれは……なのに靴はガンとして動かない。

「500円だし、綿100パーセントだし、夏のパジャマに良いかもね」

 レジをすませて帰ろうとすると、今度は試着室の前で動かない。

“今着ろ”ということらしい。

 着てみたら袖は五分袖、完全にチュニックだ。しかたなくジーンズの中に入れようとして、前半分入れた所で手がとまる。こういう着こなしがはやっているのを思い出したのだ。

 あきすぎのデコルテに、いつもバックの中に入れてある、フロシキ代わりの大判サイズの赤いバンダナをまいてみると、赤い靴に合いそうな感じで仕上がった。

 外に出ると、靴がスキップして喜んでいるのがわかる。やれやれ、私じゃなく靴が服を着てるみたいだ。いや……もしかしてこの靴は私を着ているのかな?

 ま、いっか。私も靴も楽しいんだから。

 その時、カシャッとシャッター音がした。

「そこのアナタ、読者モデルしませんか~」と、チャラそうな男が寄って来る。

 新手のナンパかと思ったら、名刺に有名雑誌の××××と書いてある。

 夏の特集“街で見つけたステキな貴女”のコーナーの写真を撮っているそうだ。採用されたら連絡しますと言って、チャラ男は去っていった。

 し○むらの2LのTシャツで、××××に載るかも?

「君はすごいよ、ラッキーちゃん。これでステキな彼のところへ連れてってくれたら、最高だよねぇ」とたんにまたグン――右足がひっぱられて、ぐにゃりとした何かを踏んづけた。

「やだ、ガム?」あわてて取ろうと片足ケンケンしていたら、バランスを崩して街路樹にぶつかり、そのまま植え込みに突っ込んでしまった。枝で足がスリ傷だらけになる。

「痛い〜、何なのよォ」足を植え込みから抜くと、ガムに紙切れがくっ付いている。

 宝くじのようだ。後ろの方で話し声がして、振り向くと駐車場の角に宝くじ売り場があった。1人の男が売り場のおばさんと話している。

「おばさん、僕が落とした宝くじ、まだ届いてない?今日が換金できる最終日なんだよ」

「届いてないのよ、だいぶ前だからねぇ。まだだれも換金に来てないようだから、ハズレ券だと思って捨てられちゃったのかねえ。当り券の前後9枚の番号持ってるんだから、あんたが買ったのは確かなんだけどね」

「両替したくて買ったから、まさか当ると思わなくて。風にとばされた時、もっとよくさがしておけば」

 あら?じゃこれ当ってるのかしら。ネコババしよっかな、授業料まとめてはらえるかも~。

「取引先のトウ○バが不渡り出したんだ。アオリ食って、我社もあぶないんだよ。あれが無いと社員を大量にリストラしないと、うちは倒産するかもしれないんだ」

 トウ○バが不渡り! やだ、私の前のバイト先だ。あの人の会社もあぶないの?

 みんな生活あるだろうに――うう、他人事じゃない。

「あのーもしかして、これの事ですかあ?」

 私はケンケンしながら靴にくっ付いた宝くじを差し出した。

 男が振り向く――あらイケメン!

「そうです、この番号だ」笑うともっとステキだわ。

「あそこの植え込みに落ちてたの。ガムの付いた靴で踏んじゃって、ゴメンなさい」

「ああ、無理に取ったら破れるよ、無効になっちゃうよ。それに急がないと換金所、閉まっちゃう」おばさんの言葉に男はあせった。

「君、この靴売ってくれ」と1万円札を私に押し付けタクシーを呼ぶ。

「やだ! お金なんていらないわ。私のラッキーシューズかえしてェ」

 ケンケンしながら叫んだが、タクシーは行ってしまった。

 ひどい、同情なんてするんじゃなかった。宝くじ売り場のおばさんにサンダルを借りて、近くのAB○マートでスニーカーを買ってトボトボ帰った。

 それから二度ほど宝くじ売り場に寄ったが、靴は届いてない。1万円で買われた事になったようだ。左の靴は、紙袋に入れて私のバックの中に御守りがわりに入れたが、その後ラッキーはやって来ない。

 片方だからなのか、靴だから履かないと効き目がないのか――

 タメ息の中で一ヶ月が過ぎた頃、すっかり忘れていたあのファッション誌××××の編集部から連絡があった。私の写真が掲載されたからすぐ来てほしいという。

“交通費は出す”というので、言われるまま編集部を訪ねると、何と!あのイケメンさんが、私の靴をもって待っていた。

「よかった、やっぱり君だったか」

 彼の会社はあの宝くじで息を吹き返し、それどころかラッキー続きで売り上げが十倍になったのだという。この一ヶ月、靴のラッキーはすべて、彼の方に行ってしまったらしい。

 やっと仕事が落ち着いてあの宝くじ売り場に行ったけど、もう一ヶ月も来ていないと言われ、連絡先もわからず困っていた時、自社の広告を載せていた××××の“街で見つけたステキな貴女”の写真の中に、同じ靴を履いた私を見つけたというわけ。

「やっと返せます、あなたのラッキーシューズを横取りしてすみませんでした」

 私はバッグの中から左の靴を出して、スニーカーを脱いで履き替えた。

 彼が跪いて右足の靴を履かせてくれた。

「まるでシンデレラみたい」編集部の女の子がうっとりとそう言った。

 そしてそのとおりになった。

 私のラッキーシューズは私をステキな所へ――ウエディングベルの鳴る教会へと連れて行ってくれたのだ。


           2018ブックショートアワード投稿・2018年2月  

           原案 アラビアンナイト「アラジンと魔法のランプ」

           ペロー「シンデレラ」



【後書き】

 私は長いものを書くのが苦手で、うまく書けなくてイライラすると、ショートショートを一本書いて憂さ晴らしをします。「ねこ飛んじゃった」が難航し、直しを重ねて完成に3ヶ月もかかったので、生まれた作品。手書きで2時間くらいでした。



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