第7話 セックスだけが愛の形とは限らないだろう
「阿島」
すぅ、と大きく息を吸ってから、切り出す。
「な、何だ」
「俺が間違ってた」
「何がだ」
「どっちが妻とか、どっちが夫とか、そういうやつだ」
「ほう。……ほう?」
「俺は、『
「な、何だよ。それなら、それならおれだってな」
ガタッと阿島が立ち上がった。
「おれだって、ここまで笑いのツボがぴったりなの高月だけだし、一緒の空間にいても全然気を遣わなくて良いっていうか、おれ、お前が隣で屁こいても全然平気っていうか、うん、全然嗅げるし」
「ちょっと待て、そのカミングアウトはいらない。嗅ぐな」
「おれ、感動したんだよ。高月と暮らすようになってさ、風呂場の詰まりとか一回もないし、洗濯機も定期的に槽まで洗ってるしさ、便器の黒ずみだって見たことないし」
「まぁ……それはな。単に俺が嫌だってだけなんだけど」
「こんなに毎日楽しく快適に過ごせるなんて、ってさ。そんで、おれの作った飯を美味い美味いって食ってくれるお前に」
そう言いながらテーブルをまわり、俺の隣に正座する。鼻先が触れそうなほどに顔を近づけられ、ついケツに力が入る。
「『
「お、おう。そうか。少し離れてくれ」
そう言うと、阿島はハッと我に返ったような表情で、「すまん」と数歩下がった。
「えっと、俺の話は以上だ。その、何ていうか、ここ最近ちょっと変だったろ、俺達。らしくなかったっていうかさ。出来れば俺は前みたいな関係に戻りたい」
「それは、結婚の話自体をなしにするってことか?」
「いや、阿島さえよければ、俺は、お前のパートナーでいたいし、いてほしい。ただ、まぁ、どうしても、その、何だ。役割っていうかな。便宜上っていうかな、どっちが、その、そっち側になるのかって話になったら――」
俺は、再びケツにキュッと力を入れた。
男を見せろ、俺。
後にも先にもこいつ以上のパートナーなんて現れるわけがないんだから。
ケツのついでに拳にも力を入れて、ごつ、と床に打ちつける。
「そん時は俺がそっちになってやらぁ!」
言った。
言ってしまった。
正直、それに関しては出来れば女性としたいといまでも強く願っているこの俺が、だ。
阿島を睨みつけたままそう宣言すると、彼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてぽかんと口を開けていた。てっきり諸手を挙げて喜ぶとばかり思っていたのに。こうなると一世一代の告白をした俺が馬鹿みたいじゃないか。そんなことを考えると、じわりと涙が浮かんでくる。
「何だよ。お前、俺のことなら抱けるっつったろ。あれは嘘だったのかよ」
悔しくてそう言うと、阿島は「ち、違うんだ。その、おれ」とかなり慌てた様子である。
「何が違うんだよ。言ってみろよぉ」
「だから、その。おれも同じこと考えてたっていうか」
「はぁ?」
「おっ、おれ、おれも、もう変に取り繕うのはやめようって思ってて。それで、その、もし高月がどうしてもって言うなら、その時は尻を差し出そう、って思ってた」
「な、何だと」
まさかのW妻である。
つい数時間前まではどちらが夫になるかでもめていたというのに、まさかの展開である。
けれど、それじゃお言葉に甘えて、いざ! とはならない。
先述の通り、そっちに関しては、俺は出来れば女の子としたいのだ。たぶん阿島もそうだろう。
しばらく間抜けな顔で見つめ合っていた俺達は、同時に吹き出した。
「ああもういいや、やめやめ」
「そうだな」
「別に
「そうだそうだ。そのために結婚するわけじゃないんだし」
「そうそう。あー、おっかし。はー、笑ったら何か腹減ったな」
「よっしゃ、何か適当に作るわ」
ぱん、と膝を軽く叩いて阿島が立ち上がる。スチールラックに引っ掛けてある愛用のエプロンを手早く装着するその背中が頼もしい。
「あー、でも、安心したよ」
背中を向けたまま、ぽつりと言う。何が、と返すと、阿島はちょっとはにかみながらこちらを見た。
「このまま一緒に暮らせるんだな、って」
だっておれ、高月のこと好きだからさ。
そう続けられた言葉にドキリとする。
そういえばどちらもこの言葉は言ってなかったのだ。
好き、という言葉は。
別に意識して避けていたわけではない、と思う。
惚れた、なら何度か口にした。
けれど、それだけは言ってなかった。
無意識的に、異性に対して使うものだと思っていたのかもしれない。
いや別に、言ったって良いじゃないか。
「俺も好きだな。阿島のこと」
ほら、口に出してみると、案外悪いものでもない。
だって俺達はこれから結婚するのだ。
たぶんセックスはしないだろうけど。
ただ――、
俺の言葉で赤くなっている阿島を見れば、いや、あるいは、という気持ちもなくはないけど。
最高のパートナーと結婚することになったけど、役割が決まらない。 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa
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