第6話 こんな生活がしたかったんじゃない
さて、それから、である。
俺達の議題は、『給料日前に米が尽きた場合、何で凌ぐか』でも『どのタイミングで育毛効果のあるシャンプーに切り替えるか』でもなくなった。
どちらが
ちなみに、同性同士の結婚は最近ではかなり市民権を得ていて、ケースとしてはまだ稀ではあるものの、それでもひと昔前ほどの偏見はない。ウチの職場でも同性同士で結婚したカップルがいて、慶弔金も支給されていたし、ハネムーン休暇の申請も通っていた。
俺としては、早いとこ役割を決めて役所に書類を提出し、親にもその旨の報告をしてしまいたいのである。ただどうしても子どもは出来ないから、その辺は諦めてもらうほかないわけだが、我が子が生涯の伴侶を見つけたことをきっと喜んでくれるはずだし、それが自分達も良く知る親友の
そうは思うものの、阿島の方でも同じ気持ちなのだろう、断固として譲らない。
「阿島、今日の飯も美味かったよ。こんなに美味い嫁の飯を毎日食えるなんて、俺は幸せ者だなぁ、ハハハ」
「何言ってるんだ、高月。こちらこそいつもきれいに掃除してくれてありがとうな。髪の毛一本落ちてないじゃないか。いやぁ、全く出来た嫁だ」
俺達は互いに、相手を『嫁』と呼ぶようになった。あくまでも自分の方が男、夫である、というアピールである。早く折れてくれ、と祈りながら、お互いを嫁と呼び続けた。
すると、
「おっと、高いところはおれに任せてくれよハニー」
阿島が仕掛けてきやがった。まさかのハニー呼び! さらには、なんかちょっと紳士的に振る舞い出したのである。
「おいおい無理すんな、米は俺が持ってやるよ、子猫ちゃん」
そっちがそう来るなら、これでどうだと、子猫ちゃん呼び且つ力持ちアピールで応戦だ。
そんなこんなで過ごすこと数週間。
明らかに俺達の関係は以前とは異なってきた。
顔を合わせれば、いかに自分が男として魅力的であるか、夫にふさわしいかというアピール合戦に発展する。
あんなに美味かった阿島の飯も変わってしまった。
出汁のきいた繊細な味の煮物の登場回数は減り、箸休めの小鉢なんてものも消えた。もうとにかく肉を強火でガーッと炒め、大皿でドーンと出すような――一般的に女性が『男の料理』とイメージするようなものに変わったのである。味付けは全て焼肉のタレだ。正直、何を食べても同じ味。
俺も俺で、綿棒を使ってサッシをちまちま掃除するのは何か男らしくないんじゃないか、みたいな拗らせ方をして床はさっとワイパーを滑らせるだけ。水拭きなんて以ての外、三角コーナーだって泡で出てくるスプレー式の漂白剤を吹き付けるのみである。
正直に言えば、もうストレスが半端ない。
部屋の隅の埃も気になるし、水回りのぬめりも気になる。
一汁三菜で栄養バランスや彩りまで完璧だった阿島の飯が食いたい。
俺はこんな結婚生活が送りたかったのだろうか。
俺はこんな阿島と生涯を共にしたかったのだろうか。
もちろん飯だけのことを言っているのではない。そこもあるっちゃあるけど。
だけど、いまの阿島は――いや、俺もだが、『夫』や『妻』というものにこだわりすぎているような気がするのだ。
どうして俺達はそう頑なに『挿れる/挿れられる』にこだわっているんだ。何もセックスだけが愛の形というわけではないだろうに。
決めた。
俺が間違っていた。
阿島が帰ってきたらそれを伝えるんだ。
いまの正直な気持ちを。
「ただいま……ハニー……」
阿島が帰ってきた。
既に惰性感のあるハニー呼びである。たぶん本当はそんな風に呼びたくはないのだ。俺だっていつまでも『子猫ちゃん』などというふざけたあだ名で呼びたくはない。
「お帰り阿島。話がある」
俺のこの表情に何かしらを感じ取ったのか、阿島もまた少し強張った顔で「おう」と答えた。
うがい手洗いを済ませ、部屋着に着替えた阿島と、ローテーブルを挟んで向かい合っている。テーブルの上には、ほわほわと湯気の上がるコーヒー。インスタントじゃなく、阿島が豆から挽いたものである。このコーヒーを飲むのも久しぶりだ。忙しい朝はインスタントだが、休みの日なんかは下ッ手くそな鼻歌を歌いながら、阿島は実に丁寧に豆を挽くのである。今日は無言でゴリゴリと挽いていたが。
「実はおれも話があるんだ。高月の話の後で話すよ」
阿島はきつく握った拳を腿の上に乗せ、硬い表情のままでそう言った。
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