第5話 今がその時!

 あの不思議な体験から二週間が経っていた。あれから、何か変わったかと言うと、大きく変わった事はない。ただ少し毎日が楽しみにはなった。昼のバイトのカフェに行けばお客から声をかけられることが多くなったし、夕方からのコンビニバイトは忙しいながらも気持ちに余裕ができている。


 麗奈れいながあの時に書いたスケッチブックは、美容室 Lifeライフに置いてきた。


「これはお代として、頂いておくわね。二週間後、もう一度いらっしゃい。その時改めて支払いを済ませてもらうから」


 美人オーナーさんの意味深いみしんな言葉と、皆さん(幽霊さん)達のスケッチブックを囲んでワイワイ話している姿が、とても気になる。


 コンビニの仕事が終わると麗奈ははやる気持ちを抑えながら、あの時の道を急いた。

 この二週間、あれは夢だったんじゃないか… と思ったことは一度や二度ではない。そのたびに手元にある、あの時泣きじゃくる麗奈にそっと貸してくれたオーナーさんの絹のハンカチを確認する。濯って綺麗にアイロンをかけた後、ハンカチのすみ白色はくしょくのレモンの花を刺繍ししゅうした。あまり上手く縫えていないかもしれないが、きっとオーナーさんは美しい笑顔で(最高ね!)と、言ってくれるはず。


Hair dressingヘアドレッシグ Lifeライフ


 レトロな看板。たわわに実ったレモンの木。木目の扉。二週間前と何も変わらない。

麗奈は迷い無く扉を開けた。

 リン! すずやかな音が響く。


 扉ごと吸い込まれる様に、麗奈は真っ暗な空間にただずんでいた。

 暗闇くらやみ。遠くの空に星が瞬き、宇宙空間なのかと錯覚する。しかし近くから素晴らしい芳香ほうこう鼻孔びこうをくすぐる。真っ白な花が緑の葉を押し抜けるよう可憐に咲き誇っている大木たいぼくがあった。

 レモンの花だ。麗奈も刺繍の為にスマホで調べて知っていたが、花と果実がこんなにも香りが違うと驚いた。花は柑橘系かんきつけいの香りとまったく違う。レモンの木を覆うように照らすキャンドルのあかりが幻想的でキレイ。


 キャンドルの灯火ともしびを浴びユナがふわりと現れた。彼女が来ている服に息を詰める。あの時麗奈が描いたデザインだ。黒地に金糸の綿レースを縫いつけ、スカートのフリルにはふんだんにチュールレースをほどこしたゴスロリ。素晴らしく可愛らしい。彼女が両手を広げると、ツンツンヘアの片耳ピアスの美形さんと、丸メガネのバンダナ頭の男性と腕を組んでランウェイショーが始まった。麗奈の前迄来るとくるりとターンして見せる。よく見れば美形さんの長いピアスも、丸メガネさんのバンダナもあの時麗奈がデザインきしたものだ。


 三人に変わり、二人の男女が灯火の中に現れる。セキとオーナーさんだ。セキは、着流し和服の羽織りを色っぽく開く。裏地から鮮やかな寒椿かんつばき。赤と黄色があふれんばかりに咲き乱れ花びらが舞う。

 セキと腕を絡ませたオーナーさんはこれまたこの世のものとは思えないほどの美しさだ。(いや、実際幽霊さんだけど…) 

 丸くて赤いナンテンに、ついばむメジロの目の白い縁取りが映えるつむぎ。とってもなまめかしい。


 そう、この和服デザインも麗奈が描いた物。デザインが服として形成されたのを見るのは大学の卒業発表会以来だった。

 胸に熱いものが込み上げる。


 麗奈は差し出された二人の手をしっかりと握った。両腕を絡め彼等と同じ目線を見る。はる彼方かなたまで続く満天の星……。 この光をつかむのも自分次第。麗奈は二週間考えていた事を心に決めた。迷う事は無い。

 だって、今がその時だから!


「あの! 私この美容室で働かせてもらえませんか?」


 セキさんもオーナーさんも目を見開いて驚く。どうやら幽霊を驚かせるという珍事ちんじに成功したようだ。

 美人オーナーさんは何か言おうとして、諦めたように優しく笑って頷いた。たぶん出来ないいいわけを考えて、考えて……。 麗奈の決意をみ取ってくれたに違いない。

 セキさんがさまになったウインクを投げる。麗奈も涙目の笑顔で答えた。

腕をみんな(幽霊五人と生者一人)で組んでランウェイを歩いた。先が見えない。でもきっと大丈夫! この先の道も自分で作って行くものだから。


「上を向いて、歩こう。涙が、こぼれないよぉうに。歩き出す、春の日。一人ぼっちの夜」


 オーナーさんが透きとおる美声で歌いだした。その声に皆がスキップをしながら重ね合唱する。


「幸せは雲の上にー。幸せは空の上に」


 これから毎日が、最高に楽しみだ。


「悲しみは星のかげにー。悲しみは月のかげに」


 やりたい事、信じた道を進んで行こう。


「泣きながら歩くぅ。一人ぼっちの夜――」




 リン、すずやかな響きと共に、今日も木目の扉が開く。

 麗奈は元気いっぱいに声を張った。


「いらっしゃいませ~」


            おわり



 ここまでお読み頂き、ありがとうございました。感謝しかございません! 皆様も素晴らしい道が進めますよう願って。

             高峠たかとう 美那みな

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

美容室は深夜営業致します 【壱】 高峠美那 @98seimei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ