第4話 レモンティーのレモンは食べる?

 私の好きな事…… 麗奈れいなは絵を描く事が子供の頃から好きだった。大学でファッションデザインを勉強している時は毎日がすごく楽しかった。でも、それが今の自分に何をもたらしているというのだろう?


 ん―――! ティーカップの底に残っていたレモンをパクリと口に入れた美人オーナーさんが茶目っ気たっぷりに、口をすぼめた。


「レモンって酸っぱいけど、それでも食べたくなっちゃうのよね。あなたは違う? 酸っぱいから食べない? 私は必ず食べるわ! だって今日のレモンは甘いかもしれないじゃない!」


 丸い輪になったレモンを虫メガネの様に目に当て、そこから真っ直ぐに麗奈を射抜く。


「水をつかもうとしてもどうせ掴めないからと、何もしなければその手は何もつかんでいないし、何も変わらない。掴めなくても実際に手を水に入れてごらんなさい。その手は濡れているでしょう?」


 麗奈の途方に暮れたような顔にセキさんが相変わらずクスクスと笑う。


「どんな事でも言ってごらんなさいな」


「…毎朝飲むコーヒーは好き」


 思いつくまま口にしてみると、セキさんはさも分かると言うように、うんうん頷く。

 その仕草にはげまされ麗奈は言葉をつむいだ。


「空いた時間にファッション雑誌を読むまったりとした時間も好き。最近行ってないけど雑貨や洋服を見て回るウィンドウショッピングも好き」


「いいわね〜。若い女の子らしい楽しみよ。あたしもお買い物行きたいわ🖤」


「えっ! 幽霊さんも洋服見たりお買い物するんですか?」


「あら、以外? 外で姿を保つのは短時間だけど、あなたがで、夜にはいるのよ。チラホラ出歩くあたしみたいな幽霊が🖤」 


 麗奈の髪に触れている手が一瞬消えた。着流し着物が色っぽいポーズをとる。手品を見せられているような気分でパチパチ瞬きをくりかえせば、いたずらっぽく笑うセキさんの顔が戻った。

 心臓に悪いからあまり何度も脅かすのはやめていただきたい…。


「フフ。じゃあ、お店を回ってる時はどんな事考えているのかしら?」


「えっ、えーと、このブローチにあの帽子が似合うとか、この靴ならこんなワンピースが似合いそうだとか…」


 こんなつまらない話で良いのか不安になるのに、この店の人(幽霊さん)達は楽しそうに聞いてくれる。楽しい事はないか、面白そうな事はないか。少なくとも麗奈よりはみんなイキイキとしていた。

 美人オーナーさんが何かを思いついたようにゴスロリの女の子を呼び止めた。


「ユナちゃん、ちょっと来て。はい、そこでくるりターン」 


 お人形さんのように可愛らしくターンして見せたユナのフリルたっぷりのスカートがフワリと空気をはらむ。


「ねぇ、あなたがユナちゃんをコーディネイトするとしたらどこからイジる?」


「えぇ!」


 またしても驚きの発言に、麗奈は顔をぶんぶんる。

 こんなに可愛くてどこをイジれば良いと言うの! 第一自分のような者が手を加えるなんてとんでもない!


「おこがましい? 分不相応ぶんふそうおう? あなたはただ怖いだけじゃない?」


 図星だ。そう、出来ないいいわけを一生懸命並べているにすぎない。じゃあ、思い切ってみる?


「あっ、あの! じゃあ、紙とペンをお借りしても良いですか?」


 手に持ったスケッチブックと鉛筆。ぞわりと何かが内側から湧きあげてきたような感覚。後は良く覚えていない。ただ夢中で描いていたのだと気づいたのはセキさんの麗しい顔があまりに近くにあったから。


「あら、いいわね〜。 ほら、あなたも出来上がっているわよ。鏡を見て」


「だれ、これ……」


 目の前の鏡に映るのは、血色良くほほを上気させた若い女。前髪を右から左に流し、少しミステリアスでそれでいて可愛い、栗色の柔らかなふわふわボブヘアの麗奈がいた。

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