第3話 できない言い訳を考えるな

 えぇ――――! お代って? 

 歌を歌うとか?楽器を弾くとか? 

 私何も出来ないよぅ!!


 パッと明るさを取り戻した店内に、麗奈れいなのガタガタ震える姿が鏡に映る。


「はーい。ロッド外しまーす。続けて髪染めて行くわね。あまり染めた事無いみたいだから、地肌に保護剤ほございつけましょ」


 麗奈の心情とは裏腹に、間の抜けたおネエ言葉。もう、いくら目を凝らしても提灯ちょうちんやぐらも見えない。慣れた手つきで着流し和服のおネエサマが保護剤のスプレーを麗奈の頭に吹きかける。その冷たさにビクリとするも今はそれどころでない。

 私、今すぐ逃げ出すべきなんじゃない?!


「オーナー! この子、ガタブルよ〜」 


「あっ、あの! わ、私、音痴なんです! 楽器だってピアノを子供の頃少しやった程度だし、踊りだって知りません!」


 美人オーナーさんが、丸椅子をツーと引き寄せ麗奈の横へ座った。穏やかな優しい目で麗奈を黙って見つめる。ほほに流れる生暖かいものが涙だと気付けば、込み上げてくるものを止められない。怖いのか、辛いのか、叫びたいのか、もうよく分からない。只々ただただしゃくりあげながら止まらない涙にガサガサした心を吐き出していた。


「ひっく、わたし、ひっく、ほんと何もできなくて。ひっく、せっかくデザインの勉強したのに、コンビニバイトなんてしてるし。このまま、何も変わらずバイトにあけくれるだけなんだって! う――」


 まるで癇癪かんしゃくを起こした子供のように麗奈は泣きじゃくる。手渡されたオーナーさんのハンカチをくしゃりと握りしめ前の職場の事、人間関係が下手へたな事、自分がどれだけ駄目な事。 押し寄せた波のようにすべてを話すとそれまで黙って聞いていたオーナーさんがティーカップを差し出した。輪切りに切られたレモンが入った紅茶。豊かな香りが鼻孔をくすぐる。


 優雅な仕草で自分もレモンティーを飲みながらゆっくりとオーナーさんは話しだした。


「コンビニほど今の世の中に貢献している店はないわ。宅急便、収納代行、コピー、チケットその仕事量は膨大でしょ?」


 そうだと思う。でも私が本当にやりたいことは…。


「人生の中で、やらななきゃいけない!って時は、ほんとはそんなにたくさん無いものなのよ。でも今がその時だ!っていう瞬間は逃がしちゃ駄目。どんなにキツくても明日笑っていられるならとことん突き進むべきよ」


「……でも」


「できない、やらないにを考えるのはやめなさい。前に進む為に必死になった方が、その分楽しいものよ」


 暖かい言葉。


「セキ。この子、うんと可愛くしてあげて」


「あら〜ん、もちろんよ」


 和服おネエサマはセキさん。

 男の人なのに、可愛らしく小首を傾ける。


「あの、それで、お代とは?」


「うちのお代は、娯楽ごらくの提供」


「ごらく?」


「あたし達は、この邸から出れないの。正確に言うと外では姿を保てないわけ。だから、娯楽には飢えてるのよ」


 クスクス笑うセキさんは、指をパチンと鳴らした。すると、姿が消えた。いや、和服だけしか見えない。横にいるはずの美人オーナーさんもティーカップだけが宙に浮いている。周りを見渡せばそこにいるとはわかっているのに服だけが動いていて声はするけど顔が見えない。


「踊ってるお前、イキイキしてたぜ」


「イキイキ? あたし、死んじゃってますけど〜」


「あっははは! 確かにな!」


「でもあんたの太鼓もイケてたわ。チュ」


「やめろー。セキの投げキッスは勘弁だぜ! チャラピアス、お前のは、ドサ回りのチンドン屋か〜?」


「なに? キサマのメガネも太鼓みたいに叩いてやるか?」


 ケンカ? ではないと思う。楽しげで陽気なやりとり。


 もしかしてここは幽霊屋敷?! 

 でも、でも! まったく怖くない!


「あの、幽霊さんって、もっとドロドロしていて怖いものだと思ってました!」


「ま、そういうのも確かにいるわね。でもあたしたちは楽しいことが好きなのよ」


 再びパチンと音がすると、さまになったウインクを投げかけて、うるわしい皆さんの姿にもどる。


「あなたにもこれは好きってものがあるんじゃないかしら?」


 私の好き? なんだろう……。


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