第2話 お代はソーラン節

「まずは肩位の長さに切りましょう。あと軽くふわふわパーマ入れて、色も明るめが似合いそうね♡」


 麗奈れいなの髪を、着流し和服にタスキをかけたおネエサマが楽しそうにハサミを入れる。


「ユナちゃんピンクロット12ね〜。カラーはオレンジベージュ。明るめだけど品良くエレガントに♡」


 ユナちゃんと呼ばれた、ゴスロリの女の子がロットやパーマ剤をセットしたワゴンを押す。不躾ぶしつけにスタッフさん達を見てしまっていたのだと思う。

 ペーパーとロットで手際良く麗奈の髪を巻いていたおネエサマがクスクス笑う。


「ん? なあに? どうかした?」


「あっ! ごめんなさい! ……あの、楽しそうにされているから」


 戸惑いながらも、思った事をそのまま口にすると、満面の笑みで答えてくれた。


「それはもちろん! あたしは人をキレイにできるこの仕事が好きなの」


「好きな、仕事かぁ」


「ここに来たって事は、何かまっちゃってる? 吐き出しちゃいなさいな。ここはそういう所よ♡」


 そういう所とは、どういう意味だろう…。


 キレイなウィンクにみょうに似合うおネエ言葉が優しくて、何もかも洗いざらいに話してしまおうとする自分に戸惑う麗奈。


 するとどこからかピィィーと笛のが聞こえた。


「先ほどのお客のおだいが始まったのね」


「オダイ?」


「そう、おだい。迷いのない良いおとだわ。せっかくだから、あなたも見て行きなさいな」


 和服おネエサマが、麗奈の肩をぽんと叩いた。途端目とたんめの前が真っ黒になる。暗闇の中で笛のが響いている。笛の音に太鼓たいこの音が重なった。

 何だか懐かしい曲。昔聞いたことあるような。


 しばらくすると、ぽつんぽつんと提灯ちょうちんの明かりが連なって見えて来る。祭りのやぐらが立ち、中央に先ほどの手首に包帯を巻いたお客が横笛を吹いていた。隣で大太鼓おおだいこたたくのは、頭にバンダナを巻いた丸メガネのお兄さん。美人オーナーさんがおとに合わせ歌いだした。


「ヤーレン、ソーランソーランソーランソーランソーラン 沖のカモメに 潮時問しおどきとえば わたしゃ立つ鳥 波に聞けチョイ ヤサエエンヤンサノドッコイショ」


 ソーラン節だぁ! 子供の頃盆踊りで踊った記憶がある。確か北海道の民謡で、ニシン漁の沖揚げ音頭。


 小気味の良いこぶし回しの歌声にやぐらの上で、笛のお客を中心に3人が幻想的に踊っていた。

 ゴスロリの女の子がロリータかさ団扇うちわ代わりに広げて肩にかける。着流し和服のおネエサマは扇子せんすを片手にひらり、ひらり。ツンツン頭のイケメンは、腰につけた小太鼓を叩くリズムに合わせ、長いピアスをきらびやかにきらめかせていた。


男度胸おとこどきょうなら 5尺の身体からだ どんと乗り出せ 波の上チョイ ヤサエエンヤンサノドッコイショ」


「「ハ ドッコイショドッコイショ」」


 麗奈は冬なのに、ムワっと夏の夜の熱気を感じた。華やかなやぐらの風景は確かに目の前にあり、笛の音も、太鼓も、歌声も、肌に感じる。

 現実でないとは分かるのに、否定する要素すら不可思議ふかしぎで、連なる提灯ちょうちんの明かりはあちらの世界への鳥居とりい。麗奈がこれをくぐれば現実へは戻って来れないかもしれない。

 ヒューと高揚した客の笛が鳴り響く。横笛がこれほどキレイな音だと初めて知った。


「「ハ ドッコイショドッコイショ!」」 


 余韻十分に辺りが静まると、美人オーナーさんは、満足そうにニッコリ笑って言った。


「本日のお代いただきました~」


 えぇ――――――!!

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