美容室は深夜営業致します 【壱】

高峠美那

第1話 失恋は次の恋をする準備 

「今日も、疲れた〜」


 麗奈れいなは、コンビニバイトの帰り道大きく伸びをして、空を見上げた。時間は10時を回っている。満月とまでいかなくても月明かりは冬のヒンヤリした空気と相まって綺麗だ。


 大学を出た後、念願だったアパレル業界に就職したが、人間関係が理由で退職。昼はカフェでバイト。夜はコンビニ。こんな生活が半年以上続いていた。


 ふと柑橘系かんきつけいの匂いに誘われていつもは通らない道を行くと、たわわに実ったレモンの木に遭遇そうぐうした。こんな都会で街路樹がいろじゅ以外にやしきで木を植えている家は珍しい。


「レストランか、何かのお店屋さん?」


 奥を覗き見ると明かりが灯った木目の扉がリンと涼やかな音と共に開いた。


「ありがとうございました。お気をつけて」


 背中に楽器を背負った客が頬を高揚こうようさせて帰って行く。垢抜けた雰囲気から芸能人かもしれない…。それよりも見送る女性、すごい美人。結い上げた髪から覗くうなじは色っぽいし、レースが施されたブラウスを肘まで折り上げて見える腕はほっそりと色白。


 あっ目があっちゃった!


「あっ、えっと、こんばんは。ここは…」


 しどろもどろに挨拶する麗奈れいなに、美人さんはニッコリ笑いレトロな看板を指差した。


Hair dressingヘアドレッシグ Lifeライフ


 美容室か…。 こんな時間まで営業している店もあるのかぁ。古民家を改築したような和風モダンで好みな外観。何より最近はバイトとの往復でオシャレから無縁の生活をしていたため、明るく華やいだ雰囲気に麗奈は普段からは考えられない行動をとってしまった。


「あっあの! 予約、してないけど入れますか?」


 美人さんは、又ニッコリ微笑むと、扉を大きく開け麗奈を中へ招き入れた。


「「いらっしゃいませ~」」


 店内は想像以上に奥行きが広く明るい雰囲気。いい感じ〜。好きだなぁ。浮上する気持ちに大声が耳に入り途端萎縮とたんいしゅくする。


「オーナー! この人またキズ増やしてる」


 えっ、何?

 

 丸メガネにバンダナを頭に巻いた男性スタッフが客を指差す。すると美人さんは客をにらみ付け、驚くほど大声でしかりつけた。


「又、自分で切ったの?! 痛いでしょ? 生きてるって感じるわよね! それだけの勇気があるなら、他に使いなさい! あー、まずそのボサボサ頭何とかしなきゃね。女の子だって寄って来やしないわよ! 失恋はね、次の恋をする準備なのよ。ほら前を見て!」


 彼女は歌でも歌うかのようにその客をさとしつづけ、あっという間にスタイリングまで終わらせてしまった。

 すごい! 魔法みたい! 別人みたいに顔付きま変わってる。


「ほら、キミは今から新しい恋の準備を始めたの。胸張って、前を向いて、いっぱいドキドキして、生きてる!って感じてちょうだい!」


 手首に包帯を巻いたお客は、見違えた凛々りりしさで力強く立ち上がる。麗奈は、自分の事のように胸の奥が温かい。


「初めてのお客様ね。あたしが担当してもいいかしら?」


 クスクス笑いながら、着流しの和服姿の男性が、鏡越かがみごしに柔らかな笑顔で声をかけてきた。条件反射でこくこく頷く。着物問屋きものどんや若旦那わかだんなみたい……。何故におネエ言葉なのかは分からないけど、妙に違和感が無くむしろ似合ってる。


 改めて店内を見渡してみると、ハリネズミみたいに短髪をたて、長い片耳ピアスをキラキラ揺らして歩くイケメン。

 床をいている小柄な女の子は、長い黒髪にちょこんと小さな帽子を飾り、黒いリボンに白いレースのゴスロリ。

スタッフさんはみんな個性的……。


 着流しおネエサマがニッコリ笑った。


Lifeライフへようこそ。さあ、どのようにいたしましょう?」

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