第5章 「アイドルはやめらんない」7(終)
全てのグループが演技を終えて、ほどなくして決勝進出者の発表があった。
その中には、中井の言った通りアイドル部の名前もあった。
ざっと眺めてみると、他の決勝進出者は、いずれもきちんとした事務所の息がかかったグループのようだ。高そうなスーツに身を包んだマネージャーらしき人物がメンバーに何かアドバイスをしている。
それからしばしの休憩をはさみ、決勝が始まった。
さすがに、ここまで来るとどのグループも一定の水準のパフォーマンスを演じている。加えて、会場への煽りやコールアンドレスポンスもしっかりと仕上げられている。
「みんなー! 大好きだよー!」
黄色い掛け声に、ウォォォォォォォォと野太い歓声が地鳴りのように響く。
そんなよく見る光景も、以前は、その『みんな』って誰だよ? と突っ込みを入れていたが、今では微笑ましく見ていられる。
つつがなく審査は進み、いよいよアイドル部の順番がやってきた。
みんないい面構えだ。
あゆむにとっては、初ステージだ。心なしか、やや緊張した面持ちにも見える。
が、いざ曲が始まると、予選で踊れなかったうっぷんを発散するように、元気いっぱいにステージ上を駆け回った。
他のみんなが予選を頑張り過ぎたせいか、若干動きに重さを感じるので、それをよくカバーしている。
前々から思っていたが、実にあゆむが振りまく笑顔には見ている者に元気を分ける効果があるようだ。それにしても、今回は特に、俺だけに熱い視線を投げかけているような気がする。
というわけで、決勝はほとんどあゆむの独壇場でステージを終えた。
全体的に、歌もダンスも所々みすはあったが、今までで一番の盛り上がりだったと思う。見ているこっちが、汗をかいているくらいだ。
全身全霊でやりきったあゆむが、ジャンプ一番俺に飛びついてきて感想を聞いてきたので、俺は素直に、「最高だった」と答えた。
涙歌は、遠慮がちに俺の上着の裾を引っ張って感想をねだった。月野姉妹も、その想いは同じみたいだったので、俺はつい勢いでみんなを抱き締めて健闘を称えた。
と、卯月が調子に乗って、「胴上げしようぜ!」と、俺を担いで空にほうり投げると、みんなもそれにならった。
ワッショイ! ワッショイ! と宙に浮かべられるほどに、俺は何だか夢心地になってくる。優勝していないのに、優勝しているような気分になる。
奇異の目が俺たちに注がれたが、それでも良かった。それで、良かったんだと思う。
もちろん大会の結果としては、アイドル部が優勝する訳もなく、瀧口のグループが優勝を飾った。
だからと言って、それが出来レースという訳ではなく本当に素晴らしいパフォーマンスだった。メンバーの動きが実にシンクロしていて、はたから見ていてある種、芸術作品でも見ているようだった。しかし、綺麗すぎて、どこか機械のようで、人間味には欠けるようにも思えた。
それは瀧口が言うように、完璧な商品で、彼が目指した本当のアイドルなのだろう。
瀧口は優勝者が発表された瞬間、えらく喜んでいた。
「ほら、見たことか! 俺以外がプロデュースしたアイドルなんて、アイドルじゃないんだよ。まがい物でしかないんだ! これでよく分かっただろ」
「あるいは、その通りなのかもしれません……。アイドルは文字通り、『偶像』でしかなく、その存在自体が、『夢』と言ってもいいのかもしれません……。
だけど、アイドルの形って、それだけじゃないとも思います……。俺は、教育実習生になって、アイドル部のみんなと最初はイヤイヤでしたけど、同じ時間を過ごしていくうちに、彼女たちが少しずつだけど、たしかに成長していくのを肌で感じました。
だから思うんです。アイドルは、夢を与えるだけの、ただの商品じゃないんだって……。俺たちと同じ人なんです……。時に傷付き、悩みもする……。誰かを好きになることだってある……。誰かの手で作られたもののように、完全じゃない。完璧じゃないから応援したくなる。
ただ一方的に夢を見させるんじゃなくて、一緒に成長するのが……。共に夢をみるのが、アイドルとファンの関係じゃないんでしょうか?
俺は彼女たちの、いちファンとしてそう思います」
と、瀧口の眉間にみるみるうちに皺が寄り、不快感をあらわにする。
「ったく、お前はまだ分かっていないのか? いいか、結果として優勝したのは俺が育てたアイドルで、お前が支持した奴らは――」
瀧口が一方的にまくしたてる。
それ以上、何も言っても平行線になるのは火を見るよりも明らかだった。だから、俺はただ頭を下げた。
「いえ、それは分かっています……。とにかく、優勝おめでとうございます。素晴らしいパフォーマンスでした。100人いれば――――100人ファンになると思います」
瀧口は差し出された手をしばらく見つめると、
「それが分かっていればいいさ」
そう告げると、「それじゃあな」と踵を返して去っていった。
結局、俺たちは分かりあうことは出来なかった。もっとも、俺は芸能界を逃げ出した身で、あの人はそこに残り続けた身だ。瀧口には勝ち続けなければいけない理由があるのかもしれない。
「瀧口さんにも色々あるんでしょうね……」
急に話しかけられてびっくりした。いつの間にか、中井が俺の隣に立っていた。
「ホント、最後まで素直じゃないんですから……。まっ、そこがカッコいいんでしょうけど……」
「そうだな……」
「つまるところ、最後までSKBを支え続けたのは、あの人ですからね……。木村君の、いや、瀧口さんがスクープされたあの一件以来、SKBは崩壊に向かっていったのに、ずっと泥船に残って戦っていたんだから、そこだけは、尊敬しています……。自分が勝つためだったら、どんなことでもやってのける。勝ち続けることが自分の存在だと言わんばかりに、他者に弱みを見せない孤高の王者」
「孤独な闘い……なんだろうな……」
「だから、誰も勝てないんだと思います。でも、僕が目指すのは勝者じゃない……。共に夢をみることが出来る仲間です」
頬が熱く火照る。
「お前、さっきの会話聞いてたな?」
うなずく代わりに中井は眉尻を下げて微笑む。
「木村君がその気なら、もう一度一緒にやりませんか?」
「ありがとう。とっても嬉しいよ」
心からそう思う。以前の俺なら、そんな言葉も信じることが出来なかったかもしれない。
「でも、今の俺は、ただの大学生なんだ」
「だけど、大学は今年で卒業なんでしょ? 今もあれだけのパフォーマンスが出来るんです。もったいないですよ。だから――」
と、中井が何かに気付いて会話をとぎる。
「まあ、今日はこの辺にしておきますか……。今度改めて、お話させてください」
中井は、こっちを向いたまま数歩後ずさる。俺は急に何があったのかと、頭にハテナマークを浮かべていると、
「木村君! アイドルは辞めらんないね!」
親指を立てて、ニカッと白い歯を見せると、中井は走って行った。
「どんだけ、爽やか野郎なんだよ……」
ひとりごちると、背後に新たな気配を感じた。
そうか……。中井はこれに気付いて空気を読みやがったな。
俺は瞳を閉じて、それに備えた。
「だ~れだ?」
耳をくすぐる聞きなれた声。そして、ほのかに香る青春の匂い。
「元木あゆむ……。夢を無くしたみじめな男を、アイドル部に誘ってくれた。勇気ある少女だ」
「さっすが~」
踵を軸にして、クルリと回転しながら、正面に踊りでる。
と、間髪を入れずに視界がふさがれる。
「「だ~れだ?」」
優しくのんびりした口調に、凛々しいアルトの声が重なる。
「咲月に、卯月……。二人は、姉妹の絆を……。互いを信じる大切さを教えてもらった」
「あたり……です」
「やるじゃないか」
月野姉妹が、あゆむを挟んで立つ。二度あることは三度あるということで、今度はやや照れくさそうに、
「だっ、だ~れだ?」
「涙歌……。君は、誰に何を言われようとも、どんなに孤独になろうとも、ずっと俺が帰るべき場所で待ち、守り続けてくれた……。強い女の子だ……」
「はい……」
アイドル部の4人が横一列に整列する。
「そして、俺は……。俺は……」
どうしようもなく言いよどむ。長年染みついたレッテルというものは、そう簡単には拭えない。いざ、冷静になってみると、自分という存在に疑問符を持たざるを得なかった。グルグルと思考回路がどうどう巡りにはまる。
「俺の方は、みんなに優勝を贈れなくて悪かったな。やっぱり俺は駄目な指導者だ……」
「いいえ。誰が何と言おうと、木村さんは駄目な指導者なんかじゃありません」
思わずあゆむが、一歩前へと踏み出す。
「ああ、その通りだ。あんたは、しおれ、乾ききったアタイに水をかけてくれた。暑い夏を、ありがとな……」
そう言うと、卯月は小さなしおりを差し出す。手に取ってみると、それは押し花で作られたしおりだった。
「それ。お姉ちゃんと一緒に作ったんです。あの花壇の花、咲いたんですよ……」
咲月は、俺の手の中のしおりに優しく触れ微笑む。
「お姉ちゃんに聞きました。木村さんが、お姉ちゃんを励まし、応援してくれたんだって。だから、今度は私たちが木村さんにエールを送る番だって」
「少なくとも、崇矢君のファンは、4人います。だから、もっと胸を張っていいんだよ……。それに、私たちはこんなコンテストなんてどうでも良かった。誰かに認められたかったんじゃない。崇矢君。あなた一人に認めて欲しかったんです」
「木村先輩」
「きむら」
「木村さん」
「崇矢君」
4人の輝く瞳の中に、俺は自分自身の本当の姿を見つける。
「そうか……。分かった……。認めるよ。俺は、お前らアイドル部のファンで――君たち4人のアイドルだ」
そう口にすると、高らかに笑った。
伝説のP ~#アイドルはやめらんない~ むだい @mudaii
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