第5章 「アイドルはやめらんない」6

     *



 ステージを降りた俺たちを、我先にと瀧口が迎えた。

「見せてもらったよ。君たちのユメってやつをな。この短い期間でやるようになったじゃないか? だけど、恐れ入ったよ。まさか崇矢本人が出場するなんてな。メンバーが怪我でもしたのか? それとも練習についていけなかったのか? どちらにしろ、エントリー登録のないやつがステージに立ったんだから、見事に失格というわけだ。ホント、お前は根っからの負け犬だな。まっ、お前らしいのかもしれないがな……。自らの手で、彼女たちの勝利を手放したんだからさ」

 瀧口は大口を開けて笑う。

「これに懲りたらこれ以上アイドル業界には関わらないことだな」

 俺は奥歯を噛みしめるほかなかった。

「でも、彼はもっと大切なものを手にしました」

 涙歌が俺と瀧口の間に割って入る。そして、俺の右手を掴んだ。

「その通りです」

 満面の笑みを浮かべたあゆむが左手を握りしめ、その隣には、咲月と卯月が続いた。

「みんな……」

 俺は誇らしい気持ちでいっぱいだった。

 教育実習に来て、俺は何かを伝えられたのだろうか? そんなことを思ったこともあったが、何の心配もいらなかった。それどころか、俺の方が大切なことを教えられてばかりだ。

「それにしても瀧口さんは何か勘違いをしていませんか? 木村さんはきちんとメンバー登録されているので、失格になったりしませんよ。こんなこともあろうかと、キチンと登録しておいたんですよ。大会規約にきちんと目を通しましたか?」

「何? 俺を一体誰だと思ってるんだ?」

 いやらしく笑うあゆむに、高圧的な態度で瀧口は毒づく。

「元SKBの瀧口亮輔さんでしょ? それに彼女が言っていることは間違っていませんよ。彼女たちのチームは正式に採点が行われています」

 と、唐突に会話に割り込んで来る奴がいた。

「久しぶりだね。二人とも」

 俺と瀧口を見ながらそんなことを言う美少年。年の頃は、十代後半、高校生にも見えなくはない。しかし、どうにも覚えがない。首をかしげて見せると、

「ちょっとちょっと、僕だよ。中井(なかい)、和樹(かずき)。元SKBの」

 と言われても、やっぱり思い出せない。

「どうやら憶えていないみたいだね。まあ、僕はあまり目立つ方じゃなかったし仕方ないか」

 あからさまにため息を吐きつつも、あまり残念そうに見えない。なんと言うか、爽やかを体現したような奴だ。

「それで、さっきの『正式に採点が行われている』ってのはどういうことだ?」

「それはですね。その子の言う通り、木村君は本大会に規定通りエントリーされているから失格にはならないということです。規定は、プロダクションに属していない、もしくは、プロダクションに属していてもデビューしていないアイドルが対象になりますから。そもそも今木村君はただの大学生でしょ? 全然、OKですよ。それにしても、主催プロダクション宛に届いた参加者リストに、木村君の名前を見つけた時は正直驚きましたよ」

 一番驚いているのは俺自身なんだけどな……。

「結局、ちゃんとしたお別れも言えなくて、ずっとどうしているか気になっていたんだ……。あのスクープの犯人捜しの日、僕も、本当の犯人を知ってたのに、何もしてやれなくて、ゴメン」

 中井は瀧口を一瞥し、俺に頭を下げた。

 瀧口は、フンと鼻で笑う。

「僕もあの後、SKBを辞めたんだ。今は某芸能プロダクションでプロデューサーをやっててね。でも、今日はホント、いいものを見させてもらったよ。また、SKBの木村君をこの目に見られるなんて。決勝も楽しみにしてるからね」

「いや、さっきはちょっと訳アリでね。決勝は見学させてもらうよ」

 その代わりに、可愛い後輩が出るよとあゆむの背中を叩くと、「可愛くてすみません」と照れて見せる。

「って、アタイ達、決勝にいけるのかよ?」

 首をかしげる卯月に、中井は大きな目をさらに見開かせると、

「当り前じゃない? 正直、今回の大会は各プロダクションの若手のアイドルたちのお披露目の場みたいもので、一般参加者はある意味で、『かませ犬』ってやつさ。でも、別に結果が決まっている八百長試合ってわけじゃないよ。ちゃ~んと実力のあるメンバーには、正当な評価がなされるんだ。そう、こんな退屈なコンテストでも、君たちみたいに、粗削りだけど、光る原石と出逢えることもある。だから、プロデューサーは辞められない」

 結構えぐいことを言いやがるが、その笑顔に思わず納得させられる。

「本当、アイドルって、いいね」

 爽やかに言ってのける中井に、俺がどう応えようか迷っていると、

「何が、『アイドルっていいね』だ。アイドルは遊びじゃない! アイドルはビジネスだ! 高いパフォーマンスを行うことで、夢を持たない一般人に夢をみさせて、その代わりに対価を得る。それが、アイドルという高尚な仕事だ。そんな完璧な商品を作るためなら、俺はどんなに厳しいレッスンだって課す。スキャンダルからも遠ざける。そうやって、俺は最高のアイドルを育ててきたんだ。お前らが決勝に出ようが出まいが関係ない。俺の育てたアイドルに勝てるわけないがないんだからな。俺が本当のアイドルを教えてやる」

 瀧口は拳を握りしめると、高らかに吠えた。



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