第7話 彼と私とアンドロイド


「なぁ、やっぱ卒業前に遊びに行かねぇ?」


 翌日の昼休み、大樹だいきがそう提案してきた。

 紗香さやかは少し考えてから頷いた。卑怯だった自分とはそろそろお別れしたい。せめて友達として、大樹ときちんと向き合おう。


「でも大樹。三人で遊びに行くって言っても、ケインくんはついて来るんだよ。わかってる?」


 美憂みゆうのひと言に、大樹は一瞬ビクッとしたが「そんなの平気さ」と答えた。


(もうケインは大丈夫なんだけど……)

 今朝のケインは、紗香が家を出る少し前に起動した。過剰な世話焼きも影を潜めている。

 ケインが元に戻ったことに美憂たちはまだ気づいていないが、それは構わない。

ケインにりくの魂が憑依していたことは、二人だけの秘密だ。


(もう、目が覚めてるかな?)

 陸に会えると思うと自然と頬が緩んでくる。昨日までの不安な気持ちは消え、早く病院に行きたくて仕方がなかった。


〇     〇


「こんにちは!」


 病室のドアを開けると、陸はベッドの上で上半身を起こしていた。ベッドわきの椅子には彼の母親が座っている。

陸兄りくにい!」

 紗香はカバンを投げ出して、ベッドの横に歩み寄った。


「紗香ちゃん。今朝早くにね、陸がやっと目を覚ましたのよ」

 涙を浮かべる母親とは対照的に、陸はニコニコと笑顔を浮かべている。くしゃくしゃの寝ぐせ頭とヒゲ面は、彼の笑顔と少しミスマッチだったけれど、そんなことはどうでも良い。


「よかったぁー」

 ベッドに手をつきながらフニャリとその場にへたり込むと、陸の母親が立ち上がって椅子を譲ってくれた。

「何かあったかい物でも買って来るわね。ゆっくりしててちょうだい」

 紗香は言われるまま椅子に座った。カバンを手にいそいそと部屋を出て行く陸の母親を見送っていると、陸が紗香の手を握った。


「紗香。ありがとう」

「やだ、陸兄! 真面目にお礼とか言わないでよ」


 紗香は恥ずかしくなって、陸の手に包まれた右手をブンブンと振った。手を放してもらおうと思ったのに、陸はしっかりと紗香の手を握りしめている。


「俺が生き返れたのは紗香のおかげだ。ケインに憑りついたのは無意識だったけど、もう死ぬんだと思った時、おまえの顔が浮かんだんだ」


「え……」


「正直に話すよ。俺は、仕事のせいにしておまえの前から逃げた。急に背が伸びて、綺麗になってくお前を見てるうちに、このままおまえの傍に居たら自分がキモイおっさんになる気がして怖かったんだ。十歳も年下の子を好きになるなんて……でも間違ってた。今は、本当に好きな人の傍に居るべきだと思ってる」


「……陸兄」


 紗香の顔がみるみるうちに朱に染まった。カァッと耳まで熱くなる。

 感極まって陸に抱きつこうとした、その時だった────。


「紗香に触るな!」

 突然、ケインが陸の手首をガシッと掴んだ。


「え?」

「ええっ?」


 紗香と陸は息を呑んでケインを見上げた。

 陸を見下ろすケインの目は、アンドロイド特有の硬質さを差っ引いても異様なほど冷たい。

 陸の魂はもう自分の体に戻っていて、ケインが不可解な行動を起こす筈はなかった。しかし、今のケインは明らかにおかしい。

 一体何が起こっているのだろう。紗香は事態がよく呑み込めなかった。


「ケ、ケイン、陸兄はいいんだよ」

「だめだ。紗香に触れるのは許さない!」

「おまえ……誰だ?」

「えっ、また憑依なの?」


 紗香はケインを見つめたまま凍りついた。

 夕暮れの林から、鴉がカァーと鳴いて飛び立ってゆく。

 白い病室の中で手を握り合う二人と一体は、固まったままピクリとも動かない。


 ケインの奇行が新たな憑依によるものか、それとも、陸の人格をAIが記憶として取り入れた為なのか────その判断は難しかった。


                  おわり

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彼と私とアンドロイド 滝野れお @reo-takino

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