第6話 追及
翌日。
陸の母親はまだ来ておらず、白い病室には紗香とケインと眠っている陸しか居ない。荒唐無稽な話をするのには、おあつらえ向きの状況だ。
「ケイン。正直に話して。ケインは
紗香はベッド脇の椅子に座り、昨夜の問いをもう一度口にした。
今度こそ答えを聞くんだと強い意志で見上げると、ケインは逃げるように視線を逸らした。窓の外に目を向けて困ったように口を噤んでいる。
何も言わないのは答えがイエスだからだ。紗香はそう判断した。
「陸兄は、どうしてケインに憑依したの? どうして自分の体に戻らないの? このままじゃコールドスリープになっちゃうんだよ!」
「わからない……気がついたらここに居たんだ」
ケインは紗香に視線を戻したが、硬質な瞳は紗香を通り越して、どこか遠くを見ているようだった。
「爆風に吹き飛ばされた時……もう死ぬんだと思った。そのまま意識を失って、次に気がついたら目の前におまえがいた。夢を見ているんだと思ったよ。でも、おまえが俺をケインと呼ぶから……鏡を見たんだ」
そう言われて思い出した。いつだったか、ケインがじっと鏡を見つめていた事がある。
「もしかして、自分が助かったこと、知らなかったの?」
死んだと思っていたから、彼は紗香の傍に居てくれたのだ。そうでなければ、彼がケインで居続ける意味がない。
そこで、紗香はハッと息を呑んだ。
(あっ……どうしよう! あたし、ケインに、陸兄が好きだって言っちゃった!)
ドクンと鼓動が胸を打つ。カッと顔が熱くなった。慌てて顔を隠したが、幸いケインの視線はまだ宙を彷徨っていて、紗香の赤い顔には気づかなかった。
「陸兄、体に戻って。早く戻らないと、おばさん、コールドスリープを選んじゃうよ。そしたら、もう簡単には陸兄の顔を見られなくなっちゃう。そんなの嫌だよ! あたし、絶対に陸兄を困らせたりしないから。ケインの冷たい手じゃなくて、陸兄のあったかい手で頭を撫でてよ!」
眠っている陸の大きな手を両手で包み、ぎゅっと握りしめた。すると紗香の手に、ケインの白い手が重なった。
「俺はもう……自分の両手で、おまえを抱きしめることは出来ない。足も、片方しかない」
絞り出すように呟くケインの声を聞くうちに、昨日のことが思い出された。
病室で立ちすくむ紗香の目をケインは手で覆った。失った片腕と、掛布団の下で存在感を失くした片足を、紗香に見せないようにしたのだと思っていた。
(そうじゃない。きっと陸兄は、自分の体を見られたくなかったんだ……)
体の一部を失ってショックを受けない人なんていない。例え命と引き換えだったとしても、そう簡単に割り切れるものじゃない。
紗香はふるふると頭を振った。
「あたしは気にしないよ! 陸兄が帰って来てくれただけで十分だから。それに、義手や義足をつければ不自由はないって、おばさん言ってたじゃない!」
今の再生医療では身体の欠損までは補えないが、アンドロイド技術と共に義肢の性能はものすごく向上した。神経が発する僅かな電流を拾い上げ、指先の微妙な動きまで自分の意志で動かすことが出来る。
「陸兄、早く体に戻って。意識はなくても、陸兄の手はこんなにあったかいんだよ。生きてるからだよ!」
「…………わかった。おまえを家に送ってから、戻れるかやってみるよ」
ケインは少し寂しそうにそう言った。
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