本当に大丈夫なのか――。

 左馬之介はそんな目で、ちらちらとときのことを見る。


 騒動も終わり、鬼一郎とときは、下屋敷のひと部屋に案内されていた。簡素な板敷きの間で、近藤左馬之助と向きあっている。

 ときは左馬之介から小袖を借りうけ、着替えていた。もちろん、面は元どおりにつけている。


 すでに鬼一郎のほうから、事態について説明がなされていた。

 あやかしはおふだに化けて、気配をごまかし、八十年を生きのびてきたこと。

 そのあやかしが、ときの身体に乗りうつったものの、先ほど退治したこと。

 妖刀〈かまいたち〉につらぬかれても、あやかしだけが死んで、人は傷つかない、ということ。


 その説明を聞いてもなお、ときが無事でいるということが、なかなか信じられないのだろう。左馬之介は幽霊でも見るような目を、ときに向けるのだ。


「大丈夫でござる、近藤どの」

 と、鬼一郎は片手を上げて左馬之介を制する。「娘はこのとおり、ちゃんと生きております。痛みはかなり残っておるでしょうが、それもやがて治りますゆえ」


 左馬之介は納得がいったふうではなかった。だが、いつまでもこだわってはいられない、と思ったのだろう。自分に言い聞かせるように、うんうん、とうなずくと、ようやく表情をやわらげた。

「さようか。そのように不思議な太刀があるのじゃな。いや、八十年前、そのような刀があれば、ゆき姫も助かっていたかもしれぬなぁ」


 左馬之介の言葉を、ときは胸のうちで否定する。

 おそらくそうではあるまい。姫の身体は、あやかしにおいしいところを食いつくされ、老婆のようになっていた。もはや救うすべはなかったであろう。

 もちろん、ときがそれを口にすることはない。


 鬼一郎が、左馬之介に言った。

「そうですな。あるいは助けられたかもしれませんな」


 それは客へのびではなく、父のやさしさなのだと、ときは知っていた。

 開けはなした腰高障子の向こうに、雲が切れたのか、おだやかな日差しがそそいでいる。


                                  〈了〉


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座敷牢の姫ぎみ ~あやかし斬り~ 岫まりも @Kuki_Marimo

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