第6話 儀式

 えな、えな……。

 自分を呼ぶ声が聞こえる。麻奈の声だ。一足先に天に召されたはずの。

 あたし、死んじゃったのかな。

 えなは、ぼんやりとした風景から、地上を見下ろしていた。

 えなはくやしくない? あたしは、くやしい。

 あの歩く生殖器野郎に仕返ししたい。

 おねえちゃんをころして、あたしのこともころして、にくい、にくい、にくい。

 あかちゃんもたすからなかった。

 でもあんなやつのあかちゃん、うまれてこなくてよかった。

 おねえちゃんは、くるしかったね。

 おねえちゃんをたすけたかったよ。

 あんなめにあわされて、つらかったね。

 あたしは、あの野郎をゆるせない。

 えな。あたしといっしょになって、あいつをとりころそうよ。


 絵奈は頷いて、麻奈の手を取った。

 双子は一体となり、彼方側に背を向けて、地上でのうのうと暮らしている「あいつ」の元へ向かった。


「境内で事件が起こるなんて。神様はお見逃しはなさらないでしょう」

 病院で治療を受けた宵は、何とか車椅子生活が出来るようになっていた。

「ましてあんな酷い目に遭わされた絵奈さんの無念は、筆舌に尽くし難いでしょう。この先、良くないことが島のあちこちで起こると思います。厄を祓うため、出来る限りのことをしたいと思います」

 宵は、宮司の役割を雇いの権正階に一時的に任せることを提案した。

「流石にこの状態では、装束を着て儀式は出来ませんからね」

 明がいつか、お宮を正式に継ぐ時までの繋ぎだ。

 そして、亡き朝子との冥婚の儀を申し出た。

「朝子さんには悪いのですが、厄災を祓うために現世に戻ってきて頂きます」

「朝子は、もう甦らないよ。残念じゃが、亡くなったのじゃよ」

 唯一の肉親である、けそめき婆が、淡々と呟いた。

「それに、冥婚の儀で宵さままで彼方側に引っ張られたら、どうするんじゃ?」

「大丈夫です。亡き父から教わった、雛宮神社伝統の秘法で行います。心配はいりません」

 その夜、雷鳴が轟く中、雛宮独自の冥婚の儀が神社で行われた。

 本来なら生きた人間は死者に引きずられるという。だが、宵の行った秘法は少し変わっていて、死者である朝子を現世に生きる宵に繋げて、とどめおくものであった。

 霊体として現れた朝子に、宵は告げた。

「島を守る手伝いをお願いします。これから島は災厄で溢れていくでしょう」

 霊体の朝子は頷いて、戦巫女の装束に身を固めた。


 朝になって、媛山で変死体が見つかった。

 股間を抉り取られ、顔も焼け爛れた、晶の遺体だった。

 遺留品から身元はすぐにわかった。

 夜中に激しく雷が鳴っていたのを、島の住民は覚えていた。

「男衆はこの山には入ってはいかんのにの」

「天罰が下されたのじゃ」

 悲しんだのは両親である、吾子也と珠香だけである。

 隣人は絵奈の惨死にショックで寝込んでいたし、島の皆もそれどころではなかった。


 あはは、いいざまだね。

 うん、おねえちゃん、いいざまだよね。

 晶の遺体を見下ろし、霊体の女性は握りしめていた黒い大鎌を抱えた。

 みんなには、カミナリのせいに、みえるかな。

 血のように赤く染まった髪を靡かせ、黒い衣装に身を包んだ悪魔は微笑んだ。


 禍々しい空気が大鎌に集まってくる。

 えなは……穢奈は、今や災厄の象徴であった。

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