第3話 恋人同士の禁忌
絵奈と晶は暇があればバイクで出かけ、移ろいゆく海の景色に見入っていた。
「飽きないよね、海って。時間でもお天気でも、表情がくるくる変わるし」
「まるで絵奈みたいだな」
晶の言葉に、絵奈は驚き、そして照れたのか他所を向いた。
彼女の視線は海に向けられている。
「あたしそんなに、顔に出るかな?」
「おまえみたいに喜怒哀楽が顔に出るヤツ、あまり見かけ無いぜ」
晶は言ってから、ああ、そう言えば似たヤツはいたか、と考えた。
ラグビー部の女子マネージャーだ。
名前は石神井(しゃくじい)とか言ったと思う。記憶はもう朧げだ。
「なあ、絵奈」
海に沈もうとする夕日を見ながら、晶は絵奈に語りかけた。
「オレたち、付き合わないか?」
「つっ!?」
絵奈は本気で驚いた様子だった。
「やだな、冗談やめてよ。つ、つきあう、たって、あたしそういう経験無いし……」
「誰だって初めてはあるさ」
「あんたの初めてっていつよ?」
突っかかる絵奈に、糸目を更に細くして、笑顔で躱す晶。
「そういうのは聞かないものなんだぜ。野暮天、って言うんだ」
晶はそう言って絵奈を抱え上げ、キスで口を塞いだ。
「ちょっ、まだつきあうって言って無いじゃん!」
絵奈はバタバタと抵抗して見せたが、本気で嫌がっている感じではなかった。
2人が付き合って数週間が経過したある日。
雛宮神社の宮司だった深夜が、癌で逝去した。
島をあげての神葬式を司式したのは、跡取り息子の宵と、けそめき婆だった。
宵は中学の頃に父が癌で余命宣告を受けたのを切欠に、高校には行かずに中卒で高卒認定試験に合格。
東京の國學院大學・神道文化学部にも首席合格し、父の容体次第では島を出て進学するつもりだった。
だが、こうなっては、島と神社を留守にする訳にはいかない。雇いの神官を代理として入れるにも、島独自の掟を叩き込む必要がある。
深夜の晩年のうちに、神社本庁からの推薦を依頼し、何度か検定講習会に出席、検定合格を経て階位を取得し、宵は異例にも正階として認定されていた。
幼い頃から修行を重ねてきたとはいえ、若すぎる当代宮司。
神社を継ぐため、起き上がれなくなった深夜のもとで、引継ぎの儀を済ませた宵の初仕事が、父の神葬式だった。
そんな彼を、長老的存在のけそめき婆が、上手にサポートしていた。島の外から、雇いの権正階も入れるには入れ、島独自のやり方を覚えて貰っている。
晶と絵奈も、それぞれの両親達と共に、神葬式に参加した。
巫女は朝子が中心となって務めていた。
「あのさ」
翌日、絵奈に会った晶は、恋人に言ってはならない疑問をぶつけた。
「あの巫女さんって誰? ムネの大きい、清楚そうな……」
「朝子のこと? あたしの幼馴染で、学年は1つ下だけど、ダチだよ?」
訝って絵奈は晶を見た。
「ああいう大和撫子っぽい女って良いよな。抱いたらどんな乱れ方をするんだろうな」
「はあ? 信じらんない!」
絵奈は晶の言葉に唖然とした。
「あんた最低ね。あたしのこともそう言う目で見ていた訳?」
「そりゃ、男だから、仕方ないだろ」
絵奈は怒って、晶からヘルメットを奪い、一人でバイクを走らせて帰ってしまった。
岬に置き去りにされた晶は、悪路をとぼとぼ歩いて帰るしかなかった。
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