離島の朝焼け
増村 有紀
第1話 島戻り
「凶兆だな」
宮司の神楽坂 深夜(かぐらざか しんや)は社務所から朝の海を眺めた。
暗い雲がひと筋、この島を覆って見えた。今日は船が本土から来る日だ。
深夜の息子、跡取りの宵(よい)が、朝焼けに燃えて見える船影を彼方に見つける。父子とも、言い知れぬ不安を感じていた。
「ひと便前の船には、こんな感じ、しなかったのですが……」
宵は本土の合宿免許に参加し、車の免許証を手に入れて、前の船で戻ってきたところだった。宵の弟、中学に上がったばかりの明(めい)は、滅多に見られない船便に、はしゃいでいた。
本土の遥か東、神在(かんざ)諸島の中心に、名も知られぬ日出那島本島(ひいなじまほんとう)があった。船便が月に1~2度あれば良いほうな、小さな離島である。
海底には電話線ケーブルも無く、携帯などの電波塔も無い。
島にはディーゼル発電機があり、電気だけは通じていた。
島内にはぐるりと電話線が引かれ、黒電話でお互いやり取りが出来た。まあ島は然程広くないため、電話など使う必要もあまり無かったが。
そんな訳で、島に降り立った神来杜 晶(からいと あきら)と、その両親、吾子也(あこや)と珠香(たまか)は、いつか本土に戻る日が来るまで使い物にならないスマホの電源を切り、懐かしい(しかし晶には殆ど覚えの無い)風景に身を投じたのである。
「晶、覚えている? お宮の森を境に、あれが彦山、あっちが媛山。あなた小さい頃、彦山に良く虫捕りに出かけていたのよ。まだ漁師のお爺ちゃんもお元気でいて、お父さんが漁を手伝っていた頃よ。覚えていない?」
「うーん、さっぱりかな」
珠香に晶は端的に答えた。晶の、糸のように細い目が、遠すぎて見えない本土を見つめる。正直、晶は本土の都会から離れたくなかった。
「まあ、本土の大学に行けなかったのは残念だが、自業自得でもあるんだぞ。優勝に浮かれるのは分かるが、高校の寮で飲酒パーティーはいかんだろう。顧問も何をやっているんだ。これが強豪校の現実かと思うと、やりきれないね」
吾子也は少し息子を諌めるように言った。
「学校なんて、自分達を守れればそれでいいんだ」
晶は毒づいた。本土ではラグビーに青春を費やし、念願の花園の土を踏み、全国優勝をもぎ取ったのは自分達の努力と実力だと自負していた。それが、打ち上げに酒を持ち込んだ部員のせいで、全ておじゃんになった。優勝は取り消され、体育大学への推薦もなくなった。打ち上げに顧問が関わっていたことを、学校側は必死に揉み消し、部員達にのみ責任を押し付け、結果、花形の晶は卒業だけはできたという訳だ。部員の中には、退学になった者も大勢いる。全国新聞にも不祥事として大きく載ってしまった。もう、都会には居られないくらい。一方、顧問はというと、数日の停職で処分は終了、部員の起こした不祥事には無関係とされていた。大人は狡い。
「まあ、これからは島でゆっくり過ごせばいいさ。漁に出て、畑を耕して。そんな生活も悪くは無いぞ」
吾子也は自分より背の高い、がっしりと成長した息子の頭を、ぐしゃぐしゃと撫でた。
神来杜一家はまず島の中央にある雛宮神社を訪れた。この島では当然、来訪者は宮司と御神体に真っ先に挨拶をする。でないと良くないことが起こると言われていた。
宮司の深夜は病魔を抱え、やつれた姿で一家の前に出た。跡取りの宵と、神々(みわ)けそめき婆が深夜を支える。
「凶兆あり」
深夜は呟いた。神来杜一家は顔を見合わせる。
「御神体にご挨拶する前に、禊ぎをすべし。宵、案内を」
宵は一家をお清めの泉へ案内した。巫女の神々 朝子(みわ あさこ)が3着の白装束を用意する。晶は朝子に目を留めた。長い黒髪を結った清楚な姿、体格に対して豊満な胸。歳の頃は自分と同じか少し下か。
「禊ぎの際は心を無にして、邪念を祓うのじゃぞ」
けそめき婆が釘を刺す。特に、朝子に見蕩れていた晶に対して。
一家は白装束に着替え、泉で禊ぎの儀式を行った。その後、御神体と深夜に挨拶を済ませ、再び島に暮らす許可を頂く祭詞をあげて貰ったのであった。
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