4:カルト・スナイパー

 どうも、ジャックです。

 え、どうしてスナイパーライフルを構えているかですって? そら、相手のスナイパーを撃ち抜く為ですよ、それ以外の理由で高倍率スコープ乗せたボルトアクションライフルなんて構えませんよ。


「日本にやってくる法王を射殺するなんぞ、罰当たりなことが好きな奴もおる者じゃのぉ」

「昔から宗教は争い事の種だ。宗教観念が安定期に入ったとしても他宗教が要人を殺すことは珍しいことじゃない。人間は矛盾した正義を抱いて、それを執行できるんだ。その矛盾した正義の中に宗教が絡んでいるだけ」


 何やかんやでこの世界でも宗教は存在している。

 今現在も国家維持要員を否定し続けていることで有名なのだが、この無宗教がスタンダードになっている日本では大した結果を出していないのが現状だ。

 一時期は選挙にも積極的に参加し、議席もある程度とれたと思ったのだが、現政府が不正選挙だとちゃぶ台をひっくり返し、海外の宗教に入っている人間は参政権をもたせないということで終結。

 ――自由主義とは何なのだろう?


「にしても、法王を殺そうなんてどこのバカ宗教じゃ」

「さあ? 今は宗教の自由を禁止したからな、地下に潜ったカルト宗教も多い」


 世界三大宗教の派生以外の宗教を禁ずる。

 これが日本で初めて改正された憲法だというのだからこの世界は狂っているとしか言いようがない。今まで存在した零細と呼べる宗教は禁止され、キリスト教、仏教、イスラム教以外の宗教は禁止にされ、所謂ところのカルト宗教だとかいうのは存在が発覚した場合は即座に豚箱で思想教育が待っている。

 2030年に発生した【カルト決起】と呼ばれるほぼ内戦に近い紛争が原因で憲法が書き換えられた。

 現在の銃規制緩和の原因にもなった大規模な国家転覆活動、某神理教が密造銃を制作して国家転覆を図ったのは俺達の世界でも同じだが、それをもっと酷くしたのがカルト決起だ。

 当時の日本にはカルト宗教と呼ばれる宗教団体が腐る程に存在していた。だが、2029年に宗教法人に対する大規模増税が行われた。もちろん、小さな宗教団体は猛反発したが、その法案は可決。多くの宗教法人が潰れた。

 だが、この大増税には裏があり、国が推奨する宗教法人、もしくは寺院には納税の義務を無くした。つまり、突発的に発生した宗教を撲滅する為の法案なのだ。

 カルト宗教だとかいう組織は結構闇の部分と接点が多い、それに村単位でその宗教を崇拝するということも無くはなかった。

 そんな小さな団体が大きな集合体となり、国会議事堂、警察庁を占拠、密造銃や違法銃、なんなら正規の猟銃まで飛び出しての宗教革命。

 ――宗教は負けた。

 その後は国は宗教法人の新たなる登録をやめ、憲法改正まで行った。

 その際にそれなりの規模の宗教法人も潰されたが、危険分子は徹底的に潰すのがこの世界なのだろう。


「それにしても、狙撃予告があるというのに堂々と凱旋とは……宗教家はわからんのぉ……」

「一種のアピールだ。世界的に小さな宗教団体をカルト宗教にするということを検討している。日本は国家転覆一歩手前まで来たんだ。欧州の少数の国だが、日本のように宗教団体をテロ準備組織と断定して解体させたこともある。日本が飛び抜けただけともとれるが……」

「それと凱旋の何の関係があるのじゃ?」

「私達の宗教は国が保証していますよってことさ……」


 むっちゃんは頷いて双眼鏡でビルを見渡す作業に戻った。

 俺も宗教は嫌いじゃない、ファンタジーと思われるものも存在するが一部の例外を除いてカルト、過激宗教は珍しい。

 空飛ぶスパゲッティ・モンスター教やベーコン教、今では過去に存在した宗教団体集という悲しい書籍にしか載っていない宗教。いやはや、死んで転生した俺が言うのもアレだが、前世の世界はそういう風にならないでほしいものだ……。


「ビル風が酷いのぉ、この状態で狙撃なんぞできるのか?」

「いや、逆にこの状況だからこそ狙撃するんだ。スナイパーは基本的に猟師の延長線、過酷な山の谷風、高度、温度、そのすべてを感覚だけで引き金を引く。もし、宗教団体が雇ったスナイパーなら――確実にマタギだろう……」


 世界の一流スナイパーの出自を探っていけば大抵の場合は猟師、もしくはハンティングの経験がある。山の過酷な環境下でターゲットを撃ち抜くには高い精神力と五感を超えた第六感が必要だとも表現できる。

 空間把握能力、相手と自分の距離感をスコープだけではなく、六感の部分で認識し、豆粒程度の大きさしかない鉛玉を飛翔させる。


「……西の空きテナント、窓が抉られておる」


 むっちゃんが臭うと言った場所に銃口を向けるとそこには円形に硝子が切り抜かれた空きテナントの一室が見えた。

 ――防弾ガラスだ。


「考えてるな、屋上からの狙撃だと警察やカウボーイ達が踏んでいる状態で防弾ガラスが使用された廃ビル、四階か……ビルの屋上からだと防弾ガラスに防がれる……」

「じゃが、ここら一帯のビルは全部防弾硝子じゃろ? このビルの四階でカウンタースナイプをしようにも、硝子を加工するのに猶予はない」


 高層ビルの最上階、空気が薄く感じる程の場所、距離は1000mくらいか? この場所から.308Winでカウンタースナイプしても防弾ガラスによって防がれる。それに空きテナントの谷間には多くのビル、不規則に風が吹き荒れて弾道が乱れるのは確かだ……。


「どうする、凱旋の時間は迫っておる……あそこまでは空を飛べん限り……」

「高度が違いすぎる。本当に飛ぶことができ……飛ぶ? そうか!」

「どうしたんじゃ? 諦める算段がついたと思ったら」

「いや、高度を合わせれば俺の腕なら当てられる。ロープの代わりになるものは……消化ホース、ビンゴ」


 最上階に設置された消火用ホース、こいつを巻きつけて高度を合わせれば抉られた防弾ガラスを通して引き金を引ける。


「うむ、確かに報酬は破格じゃが、そのホースに命を託す程の仕事だとは思えんが……」

「依頼成功率100%で売ってるんだ。キープしたいだろ」


 消火ホースを体に巻きつけてラペリング降下しながら空きテナントのポイントまで下りていく。

 ――風が強くなってきた。

 背中を硝子に押し付けてライフルを構える。

 空きテナントに三脚を立てた七十代くらいの男性がまだかまだかと得物を待ち焦がれている。


「……すまない、これも仕事なんだ」


 ――引き金を引いた。

 消火ホースを辿って屋上まで舞い戻る。むっちゃんは渋い表情で双眼鏡を下ろしてみせた。


「あの老人は……」

「年齢的に、カルト決起の参加者だろう」

「あの老人は……どんな神様を崇拝していたんじゃろな……」

「少なからず、現政府よりは頼れる存在だっただろうさ」


 ライフルをケースに戻して警察に無線を入れる。

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