1:お味噌を買うのも命がけ
どうも、ジャックです。
俺の名前はジャック、名字はあるが自分を捨てた人間の名字なんて死んでも名乗りたくないので名前だけで生活している。流石に免許証を作る時は嫌々ながら使用しましたが……。
今日もいい天気ですね、火星からでも太陽があんなに輝いて……。
現実逃避はここまで、朝食の準備をしないと。
「おお、ジャック。幼女より遅く目が覚めるとは情けない」
「俺より早く起きれるなら朝食の一つや二つ作ってくれよ」
「儂の得意料理がカップ麺だと知っておるじゃろ、おまえさんの分を作っていたら伸びてしまう。そして温い!」
「さいでっか」
家賃の安いボロアパート、日当たりは最悪で洗濯物も乾きにくい。貯蓄としては一般人以上の物を持っているが、命をチップにした職業をしているわけだ。片方が死んで葬式も出来ないなんて悲惨なそれにはしたくない。
冷蔵庫を確認すると綺麗に色々な食材が取り揃えてあり豪勢な朝食を準備できる。
――味噌がない!?
「むっちゃん、お味噌汁できないや」
「なんじゃと!? 儂は朝にお味噌汁を飲まないと死ぬのじゃ!!」
「いや、味噌汁で死ぬ生き物とかいるか!? あ、でも、見てみたいかも」
「たわけ! 儂を殺して楽しみたいならこの名刀、秋雨で首を掻っ切ってやるわ!!」
「ねえ、それって転生者としての感想?」
「いや、儂が転生した先が原作キャラの妹でのぉ、原作の小説にもバッチリ研究所で殺処分という存在確認できるキャラなのじゃ! じゃから、ほとんど憑依状態。本心では味噌汁程度で苛立ちを覚えることは無いのじゃが、もう一人の自分が邪魔をする。共存しておる……」
「詳しい説明ありがとね」
だいぶ前から知っていたのだが、陸奥は転生というより憑依の状態でこの世界に送り込まれている。俺は純粋な転生なのだが、憑依となると第一人格の影響を受けて口調や性格なんかも色々と変化するらしい。
表現するならば、中身が「それは残念」と言ったら「味噌汁を作らんと殺す!」になるのだ。普通の転生でよかったと思うよマジで。
とりあえず、お味噌汁の変わる汁物を提供しないともう一人のむっちゃんは許してくれないだろう。拗ねられて攻撃されるよりはマシ、インスタントのお吸い物を棚から取り出す。
【十分後】
「やはり儂はお味噌汁の方が好きじゃ……」
「そう言われましてもね、無いものは無いの。朝昼晩味噌汁作るから消耗のスピードが早いんだって……」
「わっち……お味噌汁すきじゃもん……」
「買い出しに行こう、車も買ったことだし」
「「いただきます」」
今日の朝食はだし巻き卵に仕込んでおいた鯖の味噌煮、ほうれん草のおひたしにインスタントのお吸い物。そして白米! 日本人ならお米食べろ!! まあ、俺は日本人の血が半分しか入っていないが……。
互いにお箸を置いてご馳走様でしたと両手を合わせて命に感謝する。
現代っ子! いただきますとごちそうさまは絶対に言おうね!!
テーブルに並べられた皿すべてを流しに持っていってそのまま皿洗い、面倒くさいことは真っ先にやらないと後々が辛くなる。これ常識、生ゴミを放置したら悲しいなぁを何度も経験した先駆者の言葉だよ!
「時にジャック、主人公は今頃何をやっておるのじゃろうな」
「ラスボスが倒れたからな、俺達と同じカウボーイでもやってるんじゃね? それか人数に物を言わせて
「それを言ってしまえば儂も十三歳でピチピチのJC年齢じゃぞ」
「学校行くか? 俺は十八歳だから夜学以外は行けないが」
学校なんぞ行きたくないと先手を打たれてこの話は切り捨て。
俺がむっちゃんと出会ったのは五年前、俺が十三歳でむっちゃんが八歳、妙に大人びた子供だなと思っていたが、憑依転生ならわからなくもない。
あの研究所を逃げ出して五年、ラスボスを倒して一年。
――主人公仕事しろ!
これに尽きる。俺達はカウボーイとして生きようと思っていたら物語のフラグ全折して殺される寸前、こっちが手をくださないといけない状態にしやがって……。
これだから原作知識の無い転生者ってやつは……。
「うむ、儂も鉄砲を使えればいいのじゃが、もう一人の儂が毛嫌いしておって刀以外使わせてくれないのじゃ……一応、前世は男の子じゃったのに……」
「開放能力が優秀だからな、刀以外も使えればもっとヤベー状態になるでしょうね」
リビングに設置されているガンロッカーからホルスターに収められてある相棒を取り出してベルトに通して、予備弾薬を十二発ポケットの中に収める。
【S&W M686-6inc】
俺の相棒にして何度も命を救われた名品、オートマチックの信頼性が向上しリボルバーの必要性が低くなったといっても、リボルバーの命中精度は真似できないものがある。それに俺のアーツの『空間認識能力』は物との距離を計算したり咄嗟の判断を迅速にするものだ。拳銃をメインウェポンにするなら弾速が高いマグナム弾を使用するリボルバーとの相性がいい。
「買い物に行くだけで武装するとは……未来の日本は怖いものじゃのぉ……」
【秋雨】
むっちゃんが愛用する日本刀、切れ味は天下一品で原作キャラであり彼女の姉である長門が使用する春雨の姉妹刀である。最初の頃はマシェットを使用していたが、伝説の刀鍛冶である名前は……忘れた! 刀鍛冶のおっさんが春雨を超える一品を作り出そうとして失敗したが、普通に名刀の部類に入る。春雨が傑作なら、秋雨は名刀だ。
正直、刃物である程度の刀身があればむっちゃんの戦闘能力は俺と同等。俺のアーツがむっちゃんのアーツと相性がいいこともあり、ギリギリ勝てているこのが原因の一つなのだが……。
――むっちゃん恐ろしい子!?
2
ボロアパートから出て駐車場にやってきた。
駐車場には大量の車が停められていて、その中で一番目立つの俺が最近購入したS40Zだろう。
人工的に石油が製造できるようになって結構経つ。脱化石燃料を掲げていた自然保護団体も三十年前に起こった『二酸化炭素分解装置』の実験で引き起こされた大氷河期のせいで声を小さくしている。なんせ軽く見積もっても百年分の二酸化炭素が一気に酸素と炭素に分解し、地球のオゾン層が急激に増大。太陽光がそのオゾン層に遮られ地球の温度は酷く落ちた。なんなら沖縄が積雪15mと言えばわかるだろう?
その頃に俺達は生まれていないが、世界中は脱原発の火力発電回しまくり、そして電気自動車やハイブリッド車に信じられないくらいの税金をかけて世界は内燃機の時代に戻った。
実は二酸化炭素分解装置の大成功であり大失敗によって最も成長したのはアメリカと日本だ。なんやかんやでピュアな内燃機車を国内限定である程度製造していたのが功を奏して、電気自動車の時代が二十年続いた欧州車をボコボコにした。
アメリカは元々から電気自動車に懐疑的で内燃機の技術は蓄積されていたのもあって世界の自動車は日本車かアメ車の二択になったわけだ。
で、GDPの一位と二位は日本とアメリカが毎年入れ替わり立ち替わりの状態だ。
付け加えて、人工石油の誕生によってガソリン価格はレギュラー1リッター60ウィン、ハイオク1リッター70ウィン、日本円に換算すると60円と70円だ。前世では考えられない値段だね……。
「貯蓄で新型のS43が買えただろうに」
「いや、なんかS40の美しさに心を奪われてさ、人気も高くて修理部品も沢山あるからさ」
「まあ、儂も古い車に美しさを見出すのは嫌いじゃないぞ、儂の刀も今となっては過去の遺物じゃ」
近所のガソリンスタンドでフル給油、にこやかな青年が窓お拭きしますか? そう聞いてくる。俺はお願いしますと謙虚に答えた。
「S40はじめてみました! 高かったでしょ?」
「いや、知り合いの車屋にレストアを頼んで定価の半分くらいで買えたよ」
「そうなんですね、カッコイイなぁ……」
「車やバイクはいいものさ、治安の悪いこの街で所有するのは少しばかり骨が折れるけどね」
青年は苦笑いを見せた。
給油と窓拭きが終わり、ウィン・リザーブカードを受け取り。財布に入れて『5000ウィンチケット』を彼に渡す。
「え、いただけませんよ!?」
「チップだよ、少ないけど未来の愛車のガソリン代に使ってくれ」
「あ、ありがとうございます!」
俺達はガソリンスタンドを出て近所の大型ショッピングモールに走る。
「おお、ジャックくんが来てたのか」
「店長? 知り合いなんですか」
「ああ、うちのお得意様の一人だよ。丁寧に給油してくれた人にはチップを払ってくれるって男女問わず奪い合いさ。夜以外に来るなんて珍しいな」
「あの、あの人って俺と同い年くらいに見えたんですが?」
「彼は五年前からずっとカウボーイやっててさ、昔から凄腕で名を馳せてるんだ。俺達みたいなアーツを手に入れられなかった人間にも偏見がない。偽善だとか言われてるが、おまえはチップを受け取った時に嫌みを感じたか」
「いえ、なんというか……ハードボイルドって感じました!」
「そういう奴なんだよ、ただ、絶対にアイツと敵になるなよ! カウボーイを専門で暗殺する組織に狙われて一週間後には組織が壊滅したこともある。うちみたいな小さなスタンドだともっとヤバイ……」
「わ、わかりました!」
「あと、結構な頻度で洗車も依頼するからワックスはケチるなよ」
「肝に銘じます!!」
3
そのまま流しながら目的地のショッピングモールに到着。
「チョコレート買っていいじゃろか」
「いいぞ、ちゃんと歯を磨くならな」
むっちゃんの好物はチョコレートとお味噌汁。チョコレートが好きなのは施設で甘味類を食べられなかった反動だろう。それか前世の好物。
お味噌のコーナーに歩んでいると当たり前のように銃声が響き渡る。
「金だ! 金を出せ!!」
このご時世、一般人が銃火器を持ってるのは当たり前。前世の日本だと考えられないだろうが、本当にポンと資格も無しに銃を買えるようになったんだ。
レジ打ちの子が怯えながら現金はすべてウィンになったのでお金は出せませんとマジレスしてる。
国家が発行する紙幣が廃れ、電子通貨ウィンとウィンチケットが世界中で使われている。日本も例外じゃなく基本的にウィンとウィンチケットが紙幣の代わりに多く流通して、今では個人経営の居酒屋でもウィン以外使えない。
「金を出せないならしね――ッ!? いってぇ!!」
「そら、足に.357MAGを受けたらなぁ? 撃たれたこと無いからわからないが」
「飛び道具はええのぉ、儂のポン刀じゃ間に合わんかったわい」
当たり前のようにこっちも得物で強盗に向けて『モスバーグ M500』を奪い取る。ビンテージ品ではなく量産型の安物、売っても一万円程度だろう。
怯える強盗の顔をカウボーイに支給される端末を当ててみる。
「初犯か、もっと大きな犯罪者になって来てくれ」
「なんじゃ、初犯かえ……得物も安っぽいからのぉ……」
互いに得物を鞘に戻して聞き慣れたサイレンの音を待つ。
「なんだ、『
この辺りでは名の知れた不良警官牛津が退屈そうな表情で『レミントン M870』を肩に乗せてモールにユタユタと歩んでくる。もう少し勤務態度が良ければもう少しマシな場所で働けるだろうに。
「牛津……人が死にかけてんぞ、もう少しパトロール多くしろや」
「そうじゃそうじゃ! 儂ら賞金稼ぎは初犯を主食にしとらんのじゃ!!」
「わーってるよ、でもな、警察屋さんも色々と忙しいんだ。カウボーイには感謝してるよ」
「これだから国家権力様は……むっちゃん、チョコレート買いに行こうぜ」
「うむ、今日は赤い板チョコの気分じゃ!!」
国家権力に歯向かう程に切羽詰まってない。欲しい物だけ買って撤収だ。
「にしても、あの二人が現れてから犯罪が少なくなったなぁ」
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