2:カムバック・ジーニアスチルドレン

 どうも、ジャックです。

 今日も一日朝食を作ってティーブレイク、俺はコーヒーでむっちゃんはほうじ茶、互いにコップの美味い温かさを享受していると地響きのような、更に例えるなら道路整備している時のドリルのような音が玄関から聞こえてくる。

 こんな時間帯に客か、そう思いながら腰を上げて玄関を開くと一瞬で押しのけられて一人の黒髪ロン毛の女がむっちゃんに向かって駆けていく。


「陸奥! こんな最低な男と一緒に居ちゃ駄目よ!! 修一郎くんのところに一緒に行きましょう!!」

「……姉上、わっちはジャックと賞金稼ぎをしておる。何度も救われ、何度も救った間柄、姉上が言う修一郎という男がどれだけ素晴らしい人格者じゃとしてもジャックを捨てる理由にはならん。タクシー代は出すから帰ってくれろ」


 湯呑を寸分も震わせずほうじ茶を飲み干す。

 この唐突に現れた黒髪美少女がサイバーパンク・ガールのメインヒロイン、村雨 長門である。

 むっちゃんと三歳差で現在十六歳のJK年齢。重度のシスコンで俺のことを妹を掻っ攫った誘拐犯だと勘違いしている。俺のような大男が幼気な少女と賞金稼ぎをしているのは脅されているからという自己暗示をかけているからたちが悪い。


「というわけで、お帰りはあちらでございます」

「……アンタが誑かしたんでしょ!? 許さん!!」


 この長門というキャラクターは若干ヤンデレが入っている。好きな人間には最大限の愛を注ぐのだが、それ以外には敵対心を剥き出しのキリングマシーン、いやはや、ここまでシスコンしてると病気だよ……。

 日本刀を抜き取ろうとする、そのタイミングで自分はアーツを発動。


【スロータイム Lv.3】


 名前の如くこのスキルは俺の最底辺のアーツをレベルアップした結果習得した底辺の最上位、自分の動体視力を限界まで引き上げ、まるで時間の流れを遅らせるようにするものだ。

 こういう近距離武器しか使わない相手には最大限強く出られる。

 アーツを使用して抜き取ろうとした右腕を掴み、居合をブロックする。

 それと同時にむっちゃんの姉の肩に刀身が置かれる。


「姉上、わっちはジャックを一人の相棒として信頼しておる。ジャックを傷つけることはわっちを傷付けるも同列、その刃を収めなければ――修羅の道を歩もうが殺す……」


 むっちゃんの姉はガックリと肩を落としながらも静かに玄関の方向を見る。

 これが結構な頻度でやってくるから困りものだ。確かに生き別れた妹のことを心配するのはわかるのだが、その同僚を殺して保護するなんていう考えに至る理由がわからない。もしかすると転生者系主人公が俺のことをむっちゃんを拉致監禁しているとでも流布しているのだろうか? その場合はお仕置きがてら鉛玉訪問配達も検討しなければならない。


「ところで、姉上はわっちの場所をどう探り当てたんじゃ?」

「そ、それは……南ちゃんの占いで……」


 南? 確か占いが趣味のアーツ能力者、『南 かなえ』か。アーツは未来予知系、ソシャゲでは味方の攻撃回避率を上げるだとかだったような……。

 だが、彼女が俺達の住居を探り当てたのは理解できた。

 それにしても、むっちゃんのあんな表情見たことねぇぜ! どんだけ姉が嫌いなのだろうか……。


「はぁ……姉上、わっちは賞金稼ぎとして生計を立てておる。危険な仕事じゃが、わっちの相棒は凄腕じゃ、安心して忘れてくだされ」

「そ、そんな!? 陸奥がいない人生なんて……最後の肉親なのよ……」

「そんなんしらん! 帰らんと警察を呼ぶぞ!!」

「陸奥……貴方は変わったのね……」


 優しい姉の表情から原作通りの凛とした表情で俺のことを睨む。


「妹に怪我でもさせたら」

「殺すってか? 怪我の多い仕事をしてる。怪我はする。ただ、俺を殺すって考えてるなら――殺される覚悟は持っておけよ」


 蔑みの表情が蒼白、どれだけアーツランクが高くても研ぎ澄まされたアーツには敵わない。圧倒的な実力差、彼女は力なく崩れ落ちる。


「信用に足りるかわからんが、わっちの相棒は姉上の相棒よりずっと強い。気にせず帰ってくれろ」


 酷く冷たい瞳で姉を玄関に投げ捨てて、


「ああ、気分が悪いのぉ……」

「あれが赤の他人なら尻の穴を増やしてたところだぞ」


 互いに原作キャラクターの面倒臭さにお茶を飲む。

 苦い。


【カムバック・ジーニアスチルドレン】


 ストリートチルドレンが溢れる薄暗い路地裏、そこには大量の注射器が転がっており、そのすべてが非合法。

 ホームレスのような格好の二十代くらいの男が薬に酔い排泄物を垂れ流している。

 この辺りの路地は違法ドラッグの密売が横行している場所だ。

 この近未来の現代、監視カメラの一つくらいは設置されている筈なのだが、どうにも監視カメラらしき物はカメラの部分を削ぎ落とされている。

 警察もこの辺りには近付きたくない。ギャングやマフィア、それに世捨て人のような武装市民がたむろしているのだ。近寄りたいかどうかを聞かれれば絶対に近寄りたくない。


「仕事と言えどなぁ、この辺りに来るのはぼっくんのお鼻が痛い痛いなのだ」

「人間が放つ刺激臭ではないのぉ」


 缶詰の空つまりは空き缶を置いてシケモクを吸っているおっさん、空き缶に1000ウィンチケットを入れて屈む。


「最近入った糞餓鬼を探してるんだ。見てないか?」

「うーん、山田のところのストリートチルドレンに新入りが入ったって聞いたが、見てはないな」

「ありがとよ、コンビニで当たったんだ。こいつも付けるよ」


 コンビニの700ウィンくじで当たった発泡酒を空き缶の隣に置いてやる。

 この辺りは非合法の巣窟、そんな場所にはストリートチルドレンも溜まる。

 義務教育が廃止され、IQ110以下の人間は公的な教育をしないようにされた。IQが110以上なら小学校から大学院まで無償で教育してくれるが、それ以下の人間は親が私学に入れるか『国家維持要員』として生まれた瞬間から底辺の烙印を押される。

 国家維持要員は一言で言えば人間がやりたがらない仕事を強制される人間だ。軍人からごみ処理業、こんな人がやりたがらない仕事を国が強制的に押し付け、衣食住を提供する。

 この政策のおかげで出生率は上がった。

 普通なら出生率が下がるように思うだろうが、国家維持要員を産めば出産費用+国家維持貢献金を支給される。その金額が八百万ウィンと来たら金に困ったら子供を作ればいいという悲しい現実だ。

 もし、IQ110以上の人間が生まれたら国家貢献金として二百万ウィン支給され、子供は自宅で育てるか、国営の英志教育センターという専門の教育機関で教育され、成人したら給料の10%を親に分配するような、そんな世の中だ。

 人権だとかの問題は近未来の監視社会、民主主義の国が独裁国家に似た動きをするサイバーパンクな世界ではこれが一般的、悲しいかな人生。

 因みに俺のIQは130、むっちゃんは120だ。身分証明書を作る時にもIQの提示が必須、本当に未来の世界は無能に優しくないらしい。

 そんな世界で国家維持要員になることを拒絶する人間はいる。国家維持要員にも一応は義務教育的なものを施すらしいが、俺達の言うところの中学を卒業した段階から国が提供する職業の選択を許される。そして、選択した職業を満期で退職しなかった場合、国が強制的に人手の少ない場所に就職させるという職業選択の自由は消え失せる。

 そのタイミングで逃げる子供が多い。

 元の世界でいう中高生の子供達が徒党を組み、ギャングやマフィアといった反社会的組織になっていく。それを狩るのがカウボーイの仕事だ。

 ――狂った世界で壊れていく存在を喰らうのは少しだけ侘しいものだ。


「英志になれるIQでストリートチルドレンになろうとは、やはりこの国家体制を嫌っておるのじゃろうか」

「まあ、道徳教育を受けていたらこうなるのもわからなくはない。IQ選別が始まって四十年、人間の道徳を失うには十分過ぎる時間だ……」

「今ではテレビに出る芸能人すら自らの子を国家維持要因にしても批難されない世の中じゃからのぉ……」


 悲しい表情を見せるむっちゃんの頭を撫でて路地裏に進んでいく。

 ドラム缶で焚き火、そんな洋画でしか見たことのないようなことが平然と行われて二酸化炭素分解装置の残り香が漂い七月だというのに肌寒い。

 ホームレスと十代前半くらいが入れ替わり立ち替わりで道端に座り込み、中には注射器を静脈注射している者までいる。一応、カウボーイの資格で違法ドラッグの使用で逮捕することも出来るが、この場所にいる人間はすべて人からも国からも見捨てられた存在、それを尚更に下に落とす趣味はない。薬が好きなら勝手気ままに使ってくれ……気分が良いものではないが……。


「なあ、このグループを大きくして他の街のスラムを占領して自分達の国を立ち上げないか、国は何もしてくれない」

「いや、あっちの街はギャングが仕切ってるから鉄砲の数で負ける。国家維持要因になる奴をこっち側に持ってきて、薬も自分達で作れるようにした方がいい」

「そうだな、やっぱりIQが高い奴が考えることは違うぜ」

「言わないでくれ、僕は君達と同じ人間だ。IQですべてが決まるわけじゃない」


 路地に身を潜めて会話を聞いてみたが、あの茶髪の青年が依頼されたIQ180のターゲット、IQ180となれば学校も企業も育成に本気になる。英志教育センターは国と企業の補助金で運営されていて、企業側は学業とIQの成績でしか人材を見ない。

 聞いた話によれば優秀な生徒なら五千万ウィンも教育や実験なんかに使うらしい。俺達の前世は子供一人を大学まで行かせるのに三千万と言われていたから国と企業の力の入れぐわいは教育ママより異常なのだ。


「取り巻きが多いな、いくらストリートチルドレンのギャングだとしても、子供に向けて銃は撃ちたくない」

「銃は奥の手で交渉から入る方が良かろう。儂も十代を斬るのは気が引ける」


 隠れることをやめて茶髪の青年に歩み寄る。

 俺達のことをカウボーイだと気づいたか周囲のストリートチルドレンが鉄パイプや投げ売り品の拳銃なんかで俺達に照準を合わせる。

 さて、交渉といこう。


「おまえさんが本田 正宗か? 英志教育センターからの依頼できた。早く学校に戻って国と企業の為に働く準備をしろ……」

「賞金稼ぎ……僕は絶対にあんな場所には戻らない! 人間を生まれ持った才能だけで判断し、それに満たない人間は切り捨てる。見てみろ! ここの少年達は全員脱落者の烙印を押され、身を寄せ合って生きるしか無い……! 僕にこの子達を見捨てろというのか!?」

「見捨てろ、そして政治屋になれ。それが最大で最高の近道だ」

「なぜわからない!? 古い書物を読めばわかる! 人間は生まれながらにして平等! 命は平等なんだ!! それをIQというよくわからない指標で選別し、選別から落ちた者達には低賃金で不衛生な仕事を押し付けられる。それのどこが平等だ!? この日本はどうしてここまで落ちぶれた!!」


 言っている意味はわかる。だが、この監視社会で道徳を問うても帰ってくるのは馬鹿じゃないの? 人間には生まれ持っての才能やら実力やらがあって、それが無い人間は優秀な人間の生活を良くする歯車以外にはなれない。

 俺もこの環境は嫌いだ。

 優秀な人間がすべてを管理し、優秀じゃない人間は優秀な人間の財布を潤すだけ、確かに道徳的ではない。だが、一度作られた制度や行使は長い年月によって当たり前道徳になる。

 それを破壊するには政治家か革命家になるしかない。

 だが、そんな固定概念にもなった現状を壊そうとすれば、利権を持った金持ちに殺される。それだけ……。


「俺達はただのカウボーイだ。美味しい仕事があれば喜んで引き受ける」

「わからないのか!? この世界は異常になっている!! この世界は人を人として見ていない!!」

「それがどうした。確かに俺もこの政治体制は気に食わない。だが、それを破壊できるのは革命家か政治家だけだ。頭がいいならわかるだろ? ストリートチルドレンと縁を切って政治家でも目指せ」

「政治家になれると思うか? 政治家の親がIQを偽造し、私学で勉強させ、そして選挙に出させる。学校のパソコンでハッキングした結果、見世物以外の当選者は全員政治家二世、三世、なんなら五世までいる!? この国は壊れているだ!!」


 ストリートチルドレンの一人が引き金に指をかけた。

 アーツを使用して怪我が無いように銃だけを撃ち抜く。


「おまえ、わかっているのか? 国は、世界は! こういう風に動いているんだよ……」


 全員が俺達を殺すことを考えて武器を構えて襲いかかった。

 俺もむっちゃんも互いにアーツを使用し、ストリートチルドレンを出来る限り怪我の無いように対処していく、そして十分後にはターゲット以外は大の字になって気絶している。

 ターゲットは泣いていた。


「僕を、こんなに大切にしてくれたのは彼らだ。教育センターでは、こんなに優しくしてくれた人達はいなかった……! 僕の幸せを奪わないでくれ!!」

「確かに、おまえさんはこの場所にいることが最高の幸せかもしれない。でも、カウボーイとしては、おまえさんを教育センターに首根っこ掴んで連れて行く方が幸せなんだよ」

「どうして……! 僕は幸せになれないんだ……」


 俺はさっき青年と話していたストリートチルドレンのボスらしき男の肩に銃口を向ける。

 ――青ざめる表情。

 この辺りに病院なんてない、それも至近距離でリボルバー、つまりはマグナム弾を使用する拳銃を撃たれたら大量の血が流れ、失血死する。頭の回転が早ければわかることだ。


「正宗……逃げろ……」

「あらら、自己犠牲ですか。ボスだからお優しいことで」

「正宗……おまえだったらまた、規模を大きくできる……! だから、逃げろ……」

「ボス!? 駄目だ。こいつは逃げようとしたら撃つ!! だから……ああ……」


 ハンマーを倒してシングルアクションでいつでも撃てるように構える。


「早くこっちに来い、友達が一人死んでしまうぞ?」

「わ、わかった!! ……誰も、殺さないでくれ」


 彼は涙を流しながら俺達の元に歩んできた。

 ボディーチェックで危険物が無いかを確認し、そのまま手錠をかけて路地裏を出ていく。


「戻ってこいよ! 俺達は最高のチームだ!!」

「ッ!?」

「戻ってこれる筈無いのにな、教育センターを出た後は語学留学や研究所に缶詰にされて自由時間なんて殆ど無い。本当、無責任な奴らだよ」

「おまえが! それ――」

「賞金稼ぎの仕事はのぉ、死んだ状態でも半分は賞金が入ってくるんじゃ……変な気を起こしたら、わかるじゃろ?」


 俺に殴りかかろうとした瞬間には、背後に立つむっちゃんの秋雨が向けられていた。


「この世の中はそういうもんなんだよ、諦めろ……」


 俺達は高い報酬を手に入れた。だが、この国への不信感は増すばかりだ。

 彼は教育センターの再教育プログラムと思想教育を受けさせられ、多少の薬も投与されたらしい。

 一年後には企業の戦士として戦う、ストリートチルドレンに混ざっていた自分を懐かしみながら……。

 これがこの世界だ。後味が悪い。

 

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