3:イニシャルゲーム
どうも、ジャックです。
今日も一日楽しい一日にしたいのですが、どうにも仕事の関係でそれは出来そうにありません。
軌道エレベーター、十年前にようやく完成した地球と宇宙の架け橋、大きく空を見上げても見えるのは黒いワイヤー、エレベーターの中身なんて職業じゃなければ見れないものだから一本のワイヤーが空から垂れてる、もしくは伸びてると表現できる。
「種子島までの旅費は貰ったものの、観光客と火星行きのシャトルに乗る奴らが多すぎる……」
「そうじゃな、爆弾を仕込まれてると誰が思おうか」
愛車のフェアレディが心配になる距離に移動した。
種子島宇宙センターの跡地に建設された軌道エレベーター、今の時代は強力なエンジンを使用したスペースシャトルがあるので赤道直下の発射場は必要がない。だから跡地にこういった設備が作られることが多い。他国もこの方式だ。
この軌道エレベーターに爆弾を仕掛けてあるという脅迫文が軌道エレベーター管理委員会から報告があったらしい。普通に考えたらこれだけ武装警備員と警察が張り詰めている現場で爆弾を仕掛けるなんて難解なことを出来るわけがないのだが、やってのけた人間がいるのだから不思議だ。
一年前、EUが所有する軌道エレベーターがテロリストによって爆破されプッツン、復旧まで二十年はかかると来たものだ。日本まで軌道エレベーターを壊されたら宇宙産業は五十年は遅れると言われている。
「まあ、こういう時は酒場に情報持ちがいるというのが相場だ」
「わっちだと首根っこ掴まれて追い出されるからのぉ、近場の遊園地で遊んでおるわ」
「了解、情報収集は任せろ」
むっちゃんの小さな背中を数秒眺めた後に軌道エレベーターから結構距離がある場所、そこの居酒屋に入ってみた。
中には男臭い中年のおっさん達がどんちゃん騒ぎしながら酒をかっ喰らっている。
宇宙トラック野郎、軌道エレベーターが完成したと同時に空間認識能力が高い人間を選別して企業が宇宙トラックを用意、もちろん国家維持要員も含まれる。
今の時代、火星まで生存圏を広げている。コロニーなんかも試験的に導入されて資源保管所と有名人の別荘なんかに利用されている。人口は140億人になったが、火星まで生存圏を広げればコロニーなんて必要ない、月と火星は人類の第二の故郷と来ている。そうなればコロニーは今後の増加の備え、今ある物は物好きの道楽だ。
「見ない顔だな? 新人トラック乗りか」
「いや、新人の情報屋だ。先輩から情報を拾ってこいって言われてね」
トラック野郎に絡まれたが軽くあしらってカウンター席に座る。
見る限り情報とは縁の無さそうな奴らしか集まっていない。これはソフトドリンクを一杯飲んで撤収が安定か……。
「マスター、瓶コーラはあるかい」
「あるよ」
「一本」
冷蔵庫から取り出される瓶コーラ、王冠が弾かれキンキンに冷えたそれをテーブルに置かれる。
――それと同時にトラック野郎には似つかわしくない五十代くらいの女性が静かに入店してくる。
何か知ってそうだな……。
「マスター、ビール。瓶で」
「はいよ」
女性は俺の隣の席に座ってチラリと瓶コーラを見る。
「この場所で瓶コーラを飲んでる人間を見るのは二人目だよ」
「瓶コーラくらい誰でも飲むでしょ、二人って……」
「今の時代、アルコール分解薬があるんだ。どれだけ酔い潰れようが酒で疲れを治そうとする奴が多い。カクテルだって甘いのがあるのにさ……」
「そんなもんかね、でも……その人は狙われてたんだろうさ……」
女性の前に大瓶のビールが置かれ、王冠を外してからそのまま流し込む。豪快なこって……。
「CT! 勝負だ!!」
女性の前にムキムキマッチョマンが現れて五千ウィンチケットを差し出す。CTと呼ばれた女性は仕方がない奴だとため息をついて懐から輪ゴムで止められた札束を取り出して向き合う。
「CTの名前は……カトル・田中!!」
「……残念、ちがう」
「くそぉ! また負けた!!」
トラック野郎は何の文句も言わずにウィンチケットを手渡し、札束の厚みを増していく。
名前当てゲームか、古典的な遊びをしているものだ。
「すまないね、トラック野郎は遊びと酒に飢えてるんだ。こういう適当な遊びが救いってやつさ……」
「嫌いじゃないよ、宇宙トラック乗りは車内でしか休暇を楽しめないってくらいの激務、金は貯まるが休みは無し」
CT……肌の色からして日系人には見える。それなら日本の名前と外国風の名前が混じってランダム性が非常に高い。札束から見て一枚も使っていないのだろうか? それなら挑戦者も後をたたないだろう。
「で、坊や、こんな危ない場所に何しに来たんだい?」
「情報収集。軌道エレベーターに何か仕掛けられ……」
警察からの直中の番号が携帯端末に映し出され、楽しい会話の途中だが取った。
「もしもし、まだ収穫は無い」
『それどころではない! 犯行予告は二十四時間をきったんだぞ!!』
「知りませんよ、こっちだって仕事で頑張ってんだから邪魔しないでくださいな」
携帯端末のバッテリーを抜き取り、もう連絡が飛んでこないことを願う。
「カウボーイかい……その歳で似合わないねぇ……」
「ストリートチルドレンよりはマシですよ」
「私はカウボーイが大嫌いさ、犯罪者は警察に任せればいいものを……」
「まあ、悪いことが好きな人間には警察と同じくらい嫌われてますからね」
瓶コーラを一気に飲み干してウィンリザーブカードをマスターに渡す。
「上の人間が五月蝿いので自分はこの辺りで」
「待ちな、最近ハサミみたいなのを付けた飛行機が飛んでるって噂があるだよ。確か、東から飛んでくるとか……」
「飛行機? 貴重な情報ありがとうございます……カレンさん」
「ッ!?」
CTのC、当てずっぽうだがカレンと言ってみたが当たりのようだ。でも、小さな声で告げたので他のトラック乗りには聞こえていない。
そのままウィンリザーブカードを受け取って店を出る。
2
「ところでジャック? 飛行機を撃ち落とす方法はあるのかえ」
「こいつに頼むしか無いだろ」
俺とむっちゃんは合流して、展望台の上で酸素マスクと防寒着を着込んで待機している。前回の襲撃の時には展望台付近に爆弾を設置して起爆したらしいが、今回は爆破予告を出している。そのせいで警備が厳重になり飛行機を使った切断を試みていると、柔軟な発想ですね。
「で、この高度であっているのかえ? その銃の射程はせいぜい2000mくらいじゃろ、1000mでも高度が違ったら精密射撃も何もないじゃろ」
「相手は確実にエレベーターを破壊しようとしてる。それに付け加えて一人でも多くの人間を殺してトンズラをカマそうとしているんだ。誤差は500mまで許容できる」
双眼鏡を取り出して辺りを確認する。
――ビンゴ!
【バレット・MRG】十年前にバレット社で開発された携行可能なレールガン、弾速は通常弾薬の十倍、戦闘機キラーとして有名な一丁だ。最大の欠点は一発撃ったらバッテリーを装填しなければいけないことだが……。
「一撃必殺、仕留められるかね……」
「見たところ、無誘導爆弾も積んでおるのぉ、おんしが失敗したら儂も地獄行きじゃな」
「まあ、死ぬ時は一緒ってことで……」
「なんとまあ、安っぽい生存フラグ建ておって」
息を止めて伏せる。
――カレン・トーラス。
こんな張り詰めた状況で唐突にトーラスという名字が出てきた。
五年前、ちょうど俺とむっちゃんがカウボーイになった年に死んだレジェンドと呼べるカウボーイ、オールド・トーラス。ヤング・ミドル・オールド・トーラスシリーズという小説はカウボーイになる人間の教科書みたいなものだ。
ヤングで大怪我をしない方法。
ミドルで立ち振舞。
オールドで心構え。
そのすべてがカウボーイとして生きた証。
彼は極度の人間嫌いで人間不信、でも、子供が一人いる。オールドの一ページで誘拐されて殺されたが、でも、確かに子供を一人もうけている。
ブラジルから日本に戻ってきた日系人と事実婚していたと書かれていたな……。
「レンジに入ったぞ」
「息を殺す、集中力を切らしたくない……後はアーツでどうにかするさ……」
「頼んだぞ、ジャック……」
スコープ越しに見える戦闘機、CTが言っていたようにハサミ? ああ、確かにハサミが取り付けられており、コックピットのターゲットを視認しにくくしている。
――でも、障害にはならない。
レールガン特有の発砲音と共に改造戦闘機のコックピットは真っ赤に染まり、パイロットを失って海に向かって堕ちていく。
3
「CT! 勝負だ!!」
「またかい……懲りないねぇ……」
「アンタの名前は……チェルシー・トールン!!」
「はぁ、掠りもしてないよ」
軌道エレベーターの最上部、そこでCTとトラック乗りが酒場で見た名前当て賭博に興じていた。
俺はキンキンに冷えた瓶コーラを持って五千ウィンチケットをCTに渡す。
「CT、貴方の名前はカレン・トーラス」
「ッ!? ……バレちゃったかい」
「ヴィンセント・トーラスの事実婚の相手、普通のカウボーイなら彼のエッセイは読んでるさ……旦那に飲ませてくれ」
CTに瓶コーラを渡し、札束を受け取る。
やっぱりカウボーイは嫌いさねと告げて背中を向けた。
俺は、彼女に声をかける。
「地獄は物価が高いんだ。旦那のコーラ、この札束で売ってくれないか?」
「ふっ、地獄はコーラすら飲め無さそうだね……いいよ」
――地獄価格のコーラを飲み干した。
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