第5話
待ち合わせ場所の選択を任されて、有野が指定したのは、友人の松本と飲んだバーだった。
一週間ぶりに訪れると、前回と同じように、乾いた音のベルと「いらっしゃいませ」に迎えられる。ちょうど松本が座っていたのと同じ席に、目印である黄色のスーツを着た女性が待っていた。くりっとした瞳が特徴的な、丸顔の女性だ。
「初めまして、伊藤ようこです」
「有野です。有野こうへいです」
互いに名乗ってから、飲み物を注文する。有野が来るまで、伊藤も飲まずに待っていてくれたようだ。有野は前回も飲んだジントニック、伊藤はマリブパインを選んだ。
話のきっかけとして、有野はふと呟く。
「マリブパイン……。確か、黄色いカクテルでしたっけ」
前回松本から聞いたカクテルの知識を、早速披露した形だ。
「あら、お詳しいのですね」
「いや、それほどでも……。伊藤さん、ちょうど服も黄色ですから、それに合わせたのかな、と思いまして」
「あざとかったかしら? 黄色なだけに」
伊藤の返しに、有野は「おや?」と思った。アニメオタクの間には、黄色キャラはあざといという冗談があり、「あざとイエロー」という言葉まで生まれている。だが、一般人は知らないはずであり……。
いや今はインターネットの発達により、語源を知らぬまま別の界隈の人間がネットスラングとして用いる場合もある。これもそのケースだろうか。
そのように考えていたから、次のセリフは、つい無意識で出たものだった。
「名前がようこさんだから、やっぱり黄色は似合いますね。『春野ようこ』みたいに」
「あら!」
くりっとした瞳をさらに丸くして、伊藤は口に手を当てた。
「有野さん、アニメにも詳しいのですか? 『春野ようこ』といえば、あざとイエローの元祖みたいなキャラで……」
相手の言葉に驚きながらも、有野は落ち着いて答える。
「詳しいも何も……。僕は趣味の欄に『深夜アニメ鑑賞』と書いたくらいです」
「まあ! 私もです!」
伊藤は満面の笑みで手を伸ばし、有野と握手したまま、ぶんぶんと振ってみせるのだった。
その夜、二人は閉店の時刻まで飲み明かした。
これまで観てきたアニメのことや、その中でもお気に入りの番組についてなど、話題は尽きなかった。さすがに互いのベストアニメまでは重ならなかったが、今期の不作に対する愚痴は一致した。
女性を相手にするどころか、面と向かって誰かと話をする感覚でもなく、インターネットで匿名のアニメオタクと盛り上がるようなノリだ。有野としては、満足なひとときを過ごせたので……。
別れ際、
「今夜は楽しかったです。有野さん、また誘ってくださいね」
「こちらこそ。どうせ今期は観るアニメもなくて暇ですし、毎日でも付き合いますよ」
「本当ですか? じゃあ、お言葉に甘えて、明日も早速……?」
「構いません。むしろ、僕の方からお願いしたいくらいです」
次回の約束を取り付けながら、有野は思うのだった。
松本の言う通り「今期は婚期」になった、と。
サイト名の『ベストカップル誕生』も嘘ではなかった、と。
(「今期は婚期」完)
今期は婚期 烏川 ハル @haru_karasugawa
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