第7話

 そして――時間は現在に戻る。

 幻影の中で愕然とした事実を突きつけられて、王太子リチャードは悲鳴のように叫ぶ。


「う、嘘だっ! あんな出来事が本当にあったなんて。嘘に決まっている!」


 リチャードは両腕を押さえられたままブンブンと首を振る。

 それはまるで子供が駄々をこねるような仕草で、あまりにも幼稚な抵抗だった。


「嘘ではないわ。そうでしょう、国王陛下?」


「…………ああ」


 カトリーナの問いに、床に崩れ落ちていたエドワード王が弱々しく頷く。


「……全ては事実。余と冥王様との契約によってこの国は救われたのだ」


「そんな……だったら、私がやったことは……!」


「何故だ……リチャードよ。どうして余の許可なく婚約を破棄しようとしたのだ。相談してくれれば、こんなことには……!」


「ち、父上……」


 涙を流す父親の顔を見て、ようやくリチャードは自分が仕出かしてしまったことの重大さを悟ったらしい。

 契約に従うのであれば、婚約が破談となったことで冥王によって与えられたすべてを返還する義務が生じる。

 王都の町並みと、そこで暮らす人々の財産。そして……蛮族の襲撃によって殺された人間の命すらも。


「ちなみに……返却する命の中にはリチャード、貴方のものも含まれているわよ?」


「へ……?」


「当然でしょう? 貴方は戦争で死んだ王妃様を生き返らせたおかげで、この世界に生まれてこれたんだから。利子として回収させてもらうわね」


「そ、そんな……!?」


 自分の命が危ぶまれていることに気がつき、リチャードは顔色を紙のように蒼白にする。


「僕が悪かった。謝る。謝罪をするから……!」


「…………」


「だから、お願いだ……。許してくれ……」


「いいえ、許さないわよ」


 カトリーナが笑顔で告げると、リチャードは絶望の表情になる。


「百歩譲って……婚約破棄をされただけならば許したかもしれないわね。父に取りなして、この国の人々が助かるように契約の変更を勧めたかも。だけど……貴方は有りもしない罪を捏造して、私を陥れようとしたでしょう? そんな裏切りを許せという方がおかしいのではないかしら」


「そ、それは……。そうだ! 僕は騙されていたんだ、ここにいるメアリーに!」


「リチャード様!?」


 リチャードが突如として責任転嫁をはじめた。

 愛する男から罪を被せられ、メアリーが悲痛な叫びを上げる。


「僕は悪くない! メアリーが君にイジメられていると嘘をついたせいでこんなことになってしまったんだ! 全部全部、この悪女が悪いんだ!」


 リチャードは媚びるような笑みを顔に貼りつけて、堂々と愛する女を売りとばす。

 その二枚舌に周囲の人間はおろか、化け物からも呆れた視線が集まっていく。


「僕は君のことを愛している! 本当に、さっきの婚約破棄はちょっとした気の迷いで……」


「……もういいわ、喋らないでちょうだいな」


「ムグッ!?」


 骸骨に口をふさがれ、リチャードは強制的に黙らされる。

 往生際の悪い元・婚約者にカトリーナは溜息をつき、扇を広げて口元を隠す。


「続きは冥府での裁判で聞きましょうか。特別に私が裁判官をやってあげるから、楽しみにしていてね?」


「ングッ……!?」


「ちなみに……冥界にも『不敬罪』というものはあるのよ? 冥王の娘である私を陥れようとした貴方達にどれほどの罪がくだることか、せいぜい楽しみにしていてくださいな」


 嫣然と笑い、カトリーナは扇を大きく横に振った。

 すると……地面から漆黒の闇が滲み出てきて、この国全土を覆い尽くしていく。

 闇に触れた建物が崩れていく。植物は枯れ果て、生き物は塵になって消えていく。


 全てが消え去って廃墟と化した王宮に残っているのはエドワード王1人である。

 リチャードもメアリーも、貴族や臣下、国民――誰もが消え去ってしまった。


「あ……。うわああああアアアアア……!」


 かつてと同じく独りきりになった王はうずくまり、いつまでも泣き続けるのであった。

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