悪役令嬢ですって? いいえ、死神令嬢ですわ!

レオナールD

第1話

 フロスト王国は大陸北方にある小国である。

 気候は温暖で麦をはじめとした産業も豊か。工業も盛んで技術力も高い。

 大きな災害に襲われることもなく、百年以上も穏やかな治世が続いている。


 その日は王宮で夜会が開かれる日だった。

 大理石で作られた荘厳な王宮にはタキシードやドレスに身を包んだ男女が集まっている。

 建国祭も兼ねたイベントには国中から有力者が訪れ、料理を囲んで笑顔で歓談していた。


「…………」


 そんな中、会場の片隅で1人の令嬢が所在なさげに立っている。

 令嬢の周りには誰もいない。見えない壁でも張られているように、夜会の参加者は令嬢から距離をとっていた。

 紫色のドレスに身を包んだ黒髪の令嬢――彼女の名前はカトリーナ・ミクトラン。

 遠い異国から留学してきた外国人で、王太子であるリチャード・フロストの婚約者だった。


 どうして王太子の婚約者であるカトリーナが周囲から煙たがられるように孤立しているのか。それには、いくつかの理由がある。


 第1に、カトリーナの容姿である。

 カトリーナは長い黒髪を頭の上で結った美しい顔立ちの令嬢だった。しかし――その顔は色白を通り越して蒼白で、青白い肌にはまるで血の気がない。

 病人のようにも見えるカトリーナだが身体は健康そのもの。青白い肌は彼女の故郷独特のものだった。

 そんな身体的特徴はフロスト王国の人間には奇異に見えるらしい。会場にいる他の令嬢らはカトリーナを遠巻きにして彼女の容姿を嘲笑っていた。


 第2に、カトリーナが浮かべている表情である。

 カトリーナの相貌は見る者を虜にするほど美しいのだが、表情は非常に険しい。

 まるで噴火寸前の火山を思わせる怒りの表情には、近づくことを躊躇わせるような迫力があった。


 そして――最後の理由。カトリーナが婚約者である王太子リチャードのエスコートを受けることなく1人で会場にいることである。


 こういった社交場では女性は男性のエスコートを受けて入場するのが慣例である。

 だが、カトリーナは1人きりで会場へ足を踏み入れていた。エスコートをするはずの婚約者の姿は会場にない。

 それこそがカトリーナを苛立たせる原因だった。


(リチャード……! 私をほったらかして何処にいるのよ!)


 カトリーナは扇で口元を隠し、苛立ちながら婚約者の顔を思い浮かべる。

 今日の夜会ではリチャードがエスコートをしてくれる予定になっていたのだが、直前になって使者がやってきて「急用ができたからエスコートができなくなった」と一方的に告げられたのだ。

 あまりにも急すぎるキャンセルに代わりの男性を用意する暇がなく、仕方がなしにカトリーナは1人きりで会場入りすることになってしまったのだ。


(私に恥をかかせて……タダじゃ済まさないんだから!)


 カトリーナは見た目だけならば病弱な深窓の令嬢に見えなくもないが、実際はかなり苛烈な性格である。

 自分に恥をかかせた婚約者はもちろん。あからさまに敵意を向けてくる令嬢も許すつもりはない。

 必ず、『その時』が来たら報復してやる。そんなふうに心に決めてギュッと扇を握り締めた。


「王太子殿下のご入場である!」


 いよいよカトリーナが怒りと屈辱に耐えられなくなってきた頃、扉の傍にいた侍従が声を張り上げた。

 楽団が奏でていた音楽が止んで、参加者の視線が扉に集まる。


「…………?」


 カトリーナは眉をひそめて首を傾げた。

 どうして、わざわざ人目を集めるようにして会場に入ってくるのだろう。

 エスコートを放棄されたカトリーナは醜態をさらしているが、放棄したリチャードだって決して褒められるような立場ではないのだ。

 できるだけ静かに、そっと会場にやって来てカトリーナに合流するべきではないのだろうか。


 そんなことを考えていると、会場の扉が開かれてリチャードが入ってくる。

 王族にふさわしい豪奢な装飾が施された金髪の貴公子に、会場にいる令嬢らが見惚れたように溜息を漏らす。


「……はあ?」


 カトリーナもまた息を漏らした。驚きと呆れから。

 会場中の視線を集めながら堂々と入城してきたリチャードであったが、見知らぬ少女を腕を組んでいたのである。

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