第2話

 婚約者をほったらかしにした挙句に他の令嬢をエスコートして現れた王太子に、会場に集まっていた貴族らからどよめきが生じる。


「あの令嬢はいったい……?」


「カトリーナ嬢を差し置いて、王太子殿下は何を……」


「まあ、カトリーナ様ったら、婚約者を盗られてしまわれたのかしら?」


「不愛想なカトリーナ様ならありそうなことねえ。オホホホホホホ!」


 貴族らは驚きと好奇に満ちた視線を、カトリーナとリチャードの間で左右させる。

 一方で、カトリーナは手に持った扇を折れそうなほど握りしめた。


(リチャード! 何のつもりなの……!?)


 カトリーナの胸を支配しているのは婚約者に裏切られた悲しみではなく、烈火の怒りである。

 自分に恥をかかせておいて堂々と浮気をしているリチャードに、怒りを通り越して殺意すら湧いてきた。


「…………ふん、どうやら来ているようだな。カトリーナよ!」


 リチャードは嘲るように得意げに笑いながら、カトリーナに近づいてきた。

 腕を組んだ令嬢は小柄で可愛らしい容姿の女性であったが、彼女もまた勝ち誇ったような満面の笑顔である。


「っ……!」


 笑われた。侮辱された。カトリーナは奥歯を噛みしめる。

 どうやらこれは計画的な行為だったのだろう。最初から、リチャードはカトリーナを貶めるために1人きりでこの会場に送り込んだのだ。


「カトリーナ・ミクトラン! 貴様には失望したぞ、この性悪女め!」


「は……?」


 リチャードが指を突きつけて言い放った罵倒の言葉に、周囲にいる貴族のどよめきも大きくなった。

 大勢の人間の視線を集めて、リチャードは堂々と胸を張って宣言する。


「お前は私の婚約者であるという立場を利用して、私の友人であるメアリーを虐げていたな!? 次期王妃にあるまじき行い、断じて許してはおけん!」


「……リチャード、急に何を言っているのかしら?」


「黙れ! 貴様の声など聴きたくはない!」


 リチャードは一喝して、隣の令嬢――メアリーとやらを抱き寄せる。


「貴様はここにいる令嬢メアリー・グリーンに対して、様々な嫌がらせをしているだろう! ドレスを破る。私物を盗む。公衆の面前で水をかける。脚をかけて転ばせる……。さらに、1週間前にならず者を雇ってメアリー嬢を襲わせたな!?」


「……私はそんなことをしていません。そちらのメアリー嬢とは初対面ですし、リチャードと親しくしているなんて初めて知りましたから」


 いわれのない罪状にカトリーナは弁明する。

 メアリーという令嬢と話したことはおろか、顔に見覚えさえないのだ。嫌がらせなどするわけがなかった。


 しかし……そんな抗弁に聞く耳持たず、リチャードは嘲るようにニヤリと唇を吊り上げたのである。

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