それは緑色の真心

愛世

今年の大晦日には……

 私は蕎麦が嫌いだ。




 でも元から嫌いだったわけじゃない。〝食べられる〟を〝嫌い〟に変えた原因は、伯父が私のために打ってくれた蕎麦が、言葉ではとても言い表せられない程に不味かったから。香りはしないし、箸ですくう度にプツップツッと切れちゃうし、喉越しはザラザラしているし、そもそも何を食べさせられたのか分からない程に味がしなかった。それ以来、私の中で蕎麦という存在は搔き消された。




 そんな私にとって、大晦日の醍醐味と言えばもちろん蕎麦ではない。










 私の家族は毎年恒例で、年末年始は同じ県内にある田舎の祖母の家で過ごす。そこは母方の実家で、昔ながらの砂利を敷いた広い庭にややガタついた縁側という古びた平屋。周りは田んぼや畑だけの何にもない所だけど、私はのどかな田舎の風景が大好きだ。




 年末になると、祖母宅にぞろぞろと親戚が一堂に会し、わいわいと年始の準備に勤しむ。大掃除をして、食材を買い込み、はしゃぎながら餅をつく。そして大晦日の夜は皆で揃って紅白歌合戦を観ながら、日本人にとって一年の最後の行事、年越し蕎麦を食べるのだ。もちろん、私は例外だった。










 昨年の大晦日。一昨年の春に県外の小さな会社に就職した私は、例年通り祖母宅で新年を迎える為、お盆以来久しぶりに地元へと帰ってきた。父や母と一緒に車で祖母宅へ向かい、約四ヵ月ぶりに親戚と顔を合わせる予定だ。


 母の兄である、私に例のトラウマを植え付けた伯父は、数年前に伴侶を失い寂しい思いをしている祖母と暮らすため、奥さんや一人息子と一緒に祖母宅に移り住んだ。




 祖母宅に着いた私達は、車から降り、荷物を抱えて呼び鈴を鳴らした。中から聞こえくるドスドスとした足音、そして玄関の扉を開けて姿を現した伯父の顔。彼の顔を見ると、途端に思い出す。






 私は就職したばかりで忙しく、一昨年の大晦日に帰省することができなかった。帰ってくることができたのは昨年のお盆、その時に年越し蕎麦も食べれなかったと母から聞いていた伯父は何を思ったのか、私のために不味い蕎麦を打ってくれた。この残念な親切心で蕎麦に嫌悪感を抱くようになった私は、皆に「蕎麦はもう食べない!」と宣言をしていた。






 伯父は私達の顔を見るなり豪快な笑い声を上げて、家の中へと招き入れてくれた。



「やあやあ、よく来たね。寒かったろう?早く中に入んなさい。もう皆集まって、やって来て早々に炬燵でぬくぬくと暖を取ってるよ」



 奥の方から伯母さんも小走りで顔を出してくれた。夫婦二人の笑顔に迎え入れられた私達は促されるまま、そろそろと縦並びで廊下を渡り、居間でのんびり寛いでいた親戚一同と挨拶を交わす。ひとしきり近況報告で話に花を咲かせたら、それぞれ役割を決めて年始の準備に取り掛かった。




 ふと、私は祖母の様子が気になった。


 すっかり足腰が弱くなり、畳に直接座ることもままならなくなって、一人椅子に腰掛けて皆の話に耳を傾けていた祖母。いつもは皆が語る話に興味津々で食い気味にうんうんと頷いているのに、今日は話を聞いているのか聞いていないのか、何だかぼーっとしているように見えた。


 けれど、その口元にはいつものように笑みを浮かべていたから、「まぁ、いいか」と私は自分で納得させた。




 そして迎えた大晦日の夜。


 皆ここでは決まって、紅白歌合戦の大トリが歌い出すタイミングで緑のたぬきを食べる。もうそろそろだとテレビを観ながら準備を始めた私達は、次々とテーブルにお湯が注がれた熱々の緑のたぬきを並べていく。最後に自分の分を用意しようと台所へ向かうと、母と一緒に台所にいた祖母が「私がやるよ」と微笑んで、居間へ戻るように私に手で合図を送ってきた。



「ごめんね、お祖母ちゃん。ありがとう。あっ、私は赤いきつねだからね」



 例の蕎麦事件はもちろん祖母も知っている。私は祖母の優しさにお礼を伝えて、皆が揃う居間へと戻った。長方形の折り畳み式テーブルを繋げただけの、即席の巨大テーブル。私と母と祖母以外は皆すでにテーブルを囲うように畳に座り込み、私は父を見つけてその隣に腰を下ろした。


 間もなく祖母もカップ麺を両手に持って母と一緒に居間へとやって来て、私は「こっちだよ」と二人に声をかけた。私の姿を見つけた祖母が、にこやかに私の元へとカップ麺を運んでくる。そして私の目の前のテーブルにカップ麺を置いたが、それを見て私は「あれ?」と首を傾げた。



 そこに置かれたのは、赤いきつねではなく、緑のたぬきだった。



「お祖母ちゃん、私は緑じゃなくて、赤だよ。私、蕎麦は食べないって、今年のお盆に宣言したじゃん」



 私が祖母を見上げると、目先の祖母は変わらぬ笑みを見せている。その穏やかに目を細めた表情は、全く私の言葉を受け止めていない。私は祖母の微笑みに、どこか寒気を覚えた。私と祖母のやり取りに気づいた周りの親戚が一斉に押し黙る。皆の表情には何故か後ろめたさがあり、私は周囲を見回して一人取り残された感を抱いた。


 すると、隣に腰を下ろした母がぼそっと小声で耳打ちするように教えてくれた。



「お祖母ちゃんね、今年に入ってから認知症の症状が出始めたのよ。あなただけ県外に居るから、お盆でもわざわざ知らせなかったの。ごめんね。多分、あなたが蕎麦を食べないって言ったこと、お祖母ちゃん、忘れちゃったんだと思う」



 母は私を想って緑のたぬきにお湯を注ぐ祖母を止められなかったそうだ。そして母は最後に「許してあげてね」と付け加えた。



 私はもう一度、傍で立ったままの祖母を見上げた。祖母は先程見た時と同じ、澄んだ瞳で笑っている。いきなりの告白に私はどう反応していいのか分からず、ただ一言、



「…………緑で合ってたよ」



とだけ祖母にポツリと伝えた。祖母は満足したのか、より一層口元を緩ませると、ゆったりとした動作で祖母お気に入りの椅子へと腰を掛けた。


 周りの皆は一連の様子を黙って見届けると、再びぽつぽつと話をし始め、各々蕎麦を啜り出した。いつの間にかテレビからは大トリの歌唱が流れている。けれど、呆けたままの私は、カップ麺の上に添えられた箸を手に取ることができなかった。




 その年の私は、年越しうどんも年越し蕎麦も食べることができず、伸び切った麺と共に新年を迎えた。










 そして今年。



 目の前には紅白歌合戦の映像、今は大トリの前の歌手が綺麗な歌声を奏でている。何人かが年越し蕎麦の準備を進める中、私がテレビ画面に釘付けになっていると、そっと私の前に祖母が年越しのカップ麺を置いてくれた。蓋の隙間からは食欲をそそる美味しそうな湯気が漏れ、各々テーブルに着き、皆が揃って食べ頃を今か今かと待ちわびている。





 それぞれの目の前に並ぶのは緑のたぬき。そして私の目の前に置かれたのは、やっぱり緑のたぬき。





 決して蕎麦に対する思いが変わったわけじゃない。それでもこの緑のたぬきだけは、私にとってかけがえのない、今の私が唯一食べられる真心の味なのだ。



 私はいつもの穏やかな笑みを見せる祖母に向かって、想いを返すようにニコッと笑いかけた。




「緑、美味しいよね!お祖母ちゃん、ありがとう!」

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