―149― 悪魔
賢者ニャウの名前を聞いて、俺はいてもたってもいられなくなった。
気がつけば、馬を借りて第二王子ディルエッカが襲撃されたとされる現場へ向かっていた。
王都からカタロフ村まで多くの兵士たちと共に行軍するとなると1日では足りない。そのため、カタロフ村と王都の途中にあるリオット村と呼ばれる場所で一泊するという計画だったらしい。
聞いたところによると、その村で襲撃を受けたとのこと。
だから、急いでリオット村へと向かった。
一人で、それも馬があれば5時間もあればたどり着くことができる。
ニャウ、お願いだから間に合ってくれ――ッ!!
そんなふうに心の中で願いながら、少しでも早く着くようひたすら急いだ。
そして、村についた途端、その願いは叶わないんだってことを確信する。
死体安置所のように一万人規模の死体が綺麗に整頓されていた。
そんな惨状が目の前に広がっていた。
一人一人の顔がわかるように死体が並んでいる。よほど、細かい人間がこれをやったのか、全ての死体は等間隔、その上頭の位置は同じ方向を向いた状態で並べられている。
もう戦闘は終わってしまったとばかり、辺りは静寂だった。鳥の鳴き声すら聞こえてこない。
「なんだ、お前?」
ひどくしゃがれた低い声だった。
遠くから俺のことを見つけたのか、のそのそと歩いてやってくる。
近づいてくるにつれ、それの外見が判明した。
毛むくじゃらの化け物だった。頭はなにかの動物のようで下半身は人間に近いかと思えば似てなくもあり。四つ足で、かと思えば背中からも両腕が生えている。
この化け物が大量の死体を一人で整頓したんだ。
「なにをやっているんだ?」
呆然とした様子でそう尋ねていた。
本当は他に優先して聞かなければいけないことがあるはずなのに、思考が思ったとおりに動いてくれなかった。
「ん、あぁ……」
化け物は一瞬考えるそぶりをしたと思えば、軽快に喋り始める。
「どれだけ人間を殺せたか数えているんだよ。こうやって綺麗に並べたら数えるのも簡単だろ。昔、他のあるやつにこれを説明したら『数えてどうするんだよ、バカだろ』と言われたんだがそんなことないよな。お前はどう思う?」
「別にいいと思う……」
そう口にしたものの頭の中は真っ白だった。ただ、化け物の言葉に肯定しただけで、彼の言葉は一切に頭にはいってこなかった。
「そうか。お前はいいやつだな。それで、お前はなにをしているんだ?」
化け物が俺のことを前足で指をさすかのように向けながら尋ねてくる。
「ニャウを探しに……」
「ニャウ? ニャウってどこかにいたな……。少し待ってろ。探してくるから」
そう言うと、魔神は並べられた死体を吟味し始める。
「確か、こっちの列だったかな……違ったかな……」
とか口に出しつつ探しているのを呆然と眺めていることしかできなかった。
「おーい、これじゃないかー!!」
遠くで化け物が呼びかけてくる。
確認しなくてはという思いと、確認したくないという相反する思いが内在していた。確認した瞬間、自分は絶望するんだと確信していた。
それでも、ゆっくりと足を動かし、化け物のいるほうへと向かった。
「死体を踏んで動かすなよー!!」
と、化け物が忠告してくる。
だから、注意深く足下を確認しながら死体を避けつつ前に進んだ。化け物の言うことを聞く義理なんてないはずなのに、なぜか俺は律儀に忠告を守ろうとしていた。
「おい、ニャウってこれじゃないか」
化け物の近くに辿り着いた途端、やつはそう言って無造作に足下に転がっているそれを持ち上げた。
それは、かつて人の姿をしていたものだった。
あまりにも損傷が激しく、顔の判別さえ難しい。それでも、見たことがある体型だった。
だから、それがニャウだったんだとすんなりと納得ができた。
「こいつ、戦っていて一番厄介だった。だから、覚えていたわ」
淡々と化け物は説明する。
そこに悪意のようなものは一切なく、だからこそ怒りすら湧いてこない。まるで天災のようにこいつはこの村を襲ったんだ。
「なんなんだよ、お前は?」
必死に声を絞り出す。
さっきから頭が痛い。視界は船の上にいるかのように揺れているし、十分な気温のはずなのに手足のさきっぽは凍えるぐらい寒い。立っているのでさえ、やっとだ。
「悪魔ベールフェゴル」
化け物はぶっきらぼうにそう言い放った。
「怠惰な悪魔と呼ばれているが、俺はこの通りとても勤勉なんだけどな」
悪魔。その存在は聞いたことある。けれど、悪魔について具体的なことはなにも知らない。
とても恐ろしい存在。悪魔について知っていることはこのぐらいだろうか。
「あれ? ピンと来てない? だったら、こう説明した方が早いか。一応、マスターランク第三位。俺はこの世界で三番目に強い存在だ。それで、お前は一体なんなのだ? 俺はこれだけ自分のことを説明したんだ。だったら、次はお前のことを教えてくれよ」
そう言って、悪魔ベールフェゴルは俺の瞳を足先を使って指さす。
「……俺はキスカだ。冒険者で職業はシーフ」
自分が名乗ってなんの意味があるのだろう、と内心思っていた。
「そうか。ちゃんと聞いておかないととコレクションに加えたとき、なんなのかわからなくなってしまうからな」
「コレクション……?」
「あぁ、死体のコレクション」
その言葉を最後まで聞いたと同時、破裂音が聞こえる。
すでに、やつの手によって俺は殺されていた。
あまりにも一瞬の出来事で苦痛を感じる暇もなかった。
◆
「あ……」
そして、同時に気がつく。
「キスカ、ボーッとしてどうしたの?」
目の前に、心配そうな表情をしているナミアが立っていた。
ナミアは偽物で、その偽物のナミアも俺の手で殺してしまったんだ。なのに、なんで目の前で俺に対し笑顔を振りまいているんだ?
「あぁ、そうか……」
そういえば俺は〈セーブ&リセット〉というスキルを持っていた。
だから、この現状に納得してしまう。
どうやら、世界は巻き戻ったようだ。
ダンジョンに潜むヤンデレな彼女に俺は何度も殺される 北川ニキタ @kamon
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