現在:それでは、どうしてほしいのか
根本的な違和感と苦しみからは、一生逃れられない。
だけどこれからは前向きに、種族違和とでも言うべきこの感覚と向き合っていこうと決めた。
この感覚を広めたい、知ってもらいたい、と強く思うようになった。
自分は「ひと」ではないと思うのは、きっと、私だけではない。
インターネットなどでいろいろ調べてきたおかげで、自分が「ひと」であることに違和感をもつ方は自分の他にもいる、とわかっている。あとはたとえば、「前世は犬(あるいは猫や他の生きもの)だったのかもしれない」と冗談めかしておっしゃる方のなかにも、この違和感をもつ方が潜んでいるのではないか。
まずは、「犬になりたい」イコール「変態」という誤解をなくしたい。
アダルトな意味で「犬」になっている方のなかには自分が「ひと」ではないと思う方がかなり潜んでいるだろうけれど、自分が「ひと」ではない方のすべてがアダルトな意味で「犬」になりたいわけでもないと思うのだ。
というか、現状「犬」の受け皿がアダルトでフェチ的な「犬」の世界にしかないから、そこに集中しているだけかもしれないと思う。
そういう意味での「犬」の世界に興味がないと言えば嘘になる。「犬」として扱ってもらえるのは、とても気持ちのよいものだと思うし、あこがれる。その世界は豊かであり、私も間接的に楽しませてもらっている。当然ながら、フェチ的な「犬」の世界を否定する意図はまったくない。今後とも栄えてほしい。
ただ、正直なところ現実的に参加するハードルが高いのは確かだ。私も含め、恋愛的なパートナーのいる場合はなおさらである。
また、このエッセイでは、自分が「ひと」ではないと思う違和感を語る際に性別違和の概念を借りたが、動物と性別では決定的に異なる点もある。
かりに、自身の望む身体にいますぐなれる技術ができたとして。
社会的な理解や安全性が確保されていれば、おそらくだが、もともと異性だったという性別違和を抱く方のほとんどは異性の身体になるのではないかと思う。
だが、これもちょっとややこしい話になるかもしれないが、すくなくとも私の場合は犬の身体になるのはためらう。
たとえ知能が人間のままだとしてもこれまで通りのコミュニケーションが取れなくなるし、道具が使えなくなるし、人間として成したかったものごとはたいてい成せなくなる。知能が犬の水準に戻ってしまうのであれば、なおさらである。
性別に上下はない。
しかし、誤解のないよう言いたいが、種族は上下なのだ。
犬に戻りたい、人間として生きたい、という気持ちは、相反しながらも両立してしまっている。
ここに難しさがある。
たまに動物に戻れる、というだけでもだいぶ違うと思うのだ。
性別違和の程度にもよるが、たまに異性装をして異性として扱われるだけでもだいぶ違うひともいるように。
安全かつオープンに、犬として扱ってもらえる場所があるといい。
各々が望む「動物」の格好をして、職員さんたちにその「動物」として扱ってもらえる。心が動物ゆえの悩みも聞いてもらえる。
そんな施設があれば、どれだけ日々が楽になるだろう。
同時に、日々の生活でも「あなたは人間のかたちをしているけれど、心は犬なんだね」と理解してもらえれば、もっといい。
ヘルプマークのようなものがほしい。
自分は「犬」なんです、「猫」なんです、「ねずみ」なんです、「いるか」なんです、と各々の心のかたちが書かれていて、その通りに扱ってもらえる。
そんなマークがあれば、どれだけ生きやすくなるだろう。
いずれにせよ、知ってもらわないと、理解してもらわないとすべては始まらない。
心が動物かもしれないなんて、面食らう話だと理解している。一筋縄ではいかないかもしれない。
だが、性別違和を理解してもらうため声をあげるひとびとの姿を見ていて、私も声をあげなければと思いはじめた。
もし、自分や身近なだれかが「ひと」ではないと思ったら、その違和感は気のせいではないのかもしれない。
いまより少しでも、自分が「ひと」ではないと思う違和感と向き合いやすい社会になってほしい。
私は、犬としてわしわし可愛がってほしいです。
自分が「ひと」ではないと思う 柳なつき @natsuki0710
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