第10話 番外編 カヅキ’s ファミリー
運命の巡り合わせと涙の別れから一年後の春。
幼い記憶をたぐり寄せて心が通じあった
香月は月島署の
沙羅はクラブENDLESS RAINのオーナーママとして忙しく過ごしている。
これまで恋愛には奔放、でもどこか冷めていた香月だったけど。
沙羅には特別、格別、超別格の超超破格。
自分でも自覚して笑えるほどに大切に大切に、狂おしいほどに執着している。
やっと巡り会えた沙羅にとにかく夢中。
電話は毎日、LINEは日に十数回のラブラブっぷり。
なのに会えるのは10日に一度あればいい程度って・・・
「って酷くないかーーー!?」
月島署 午後0時20分
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沙羅に告白して3か月、普通のカップルなら楽しくて仕方ない時期なのに香月はイライラを募らせている。
やっと会えても数時間ぽっち。
二人きりになれる隙はほとんどない。
だから未だに手を握るだけ、おでこと頬にキスだけ・・・
中学時代だってその日の内にあれこれとっととコトを進めていたこの男にあるまじき奥手モード。
とにかく
どうしてこんなに警察は忙しいんだよっ!と叫びたいが忙しくなること承知のキャリアアップ計画を立てたのは俺だ。
畜生、みてろ!
同期の誰よりも早く警部になると決めたんだ。
耐えろ俺!でも俺、やっぱ限界〜〜!
俺は
沙羅さん・・・・・会いたい。
沙羅さんは平気なのかな・・・
俺がそばにいなくて寂しくないのかな。
煌びやかな世界にひときわ輝く
俺の沙羅さんなのにっ!
いや、まだ俺のものになっていなかったぜ。(涙)
※脳内疲労が酷い陽司くん
俺なんてただの警察官、下町の新米デカ長・・・霞んじゃうぜ・・・
いやいや!
俺たちは両思いなんだ、生まれてほぼほぼ恋愛中!愛してるって告白したし。
ラブレター(?)だってもらったんだ。
沙羅さんのハートはこの俺がガァチィっと掴んでるはずだ!
※回復も早い陽司くん
気を取り直して、目先の勝負は付き合って3ヶ月記念日の7月2日。
有給申請を出した時の課長の渋っーい顔は記憶の彼方に沈めて二日間の休暇をもぎ取った。
レストランは高層階のダイニング。
部屋は賞与を当てこんで大きな二面の窓から新宿の夜景を見下ろせる、当然→キングサイズベッドの部屋を予約済だ。
ホテルの予約ページを何度も確認しながら香月は満開の公園で沙羅と再会した日のことを思い出してふわぁっとニヤけた。
おもむろに、周りに誰もいないかをキョロキョロと見回してから。
スマホに保存している
ベージュのワンピースを着て俺の隣にきちんと正座する沙羅。
香月家の父、母、妹に囲まれ笑顔でファインダーを優しく見つめている。
まさかのファインダーへの嫉妬を覚えつつ、でも瞼を涙で赤く腫らしながら健気に微笑む沙羅に胸が痛くなるほど愛しさが込み上げてくる。
※ちなみに妄想している場所は昼休憩中の刑事課のデスク。
出前のきつねうどんが伸びてゆく・・・
今を遡ること3ヶ月前 船橋市某所
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住宅街の一角で750CCバイクのエンジンを切り、香月は沙羅をタンデムシートから抱き下ろした。
沙羅は仄かに頬を紅潮させてヘルメットを外し、髪を整える。
バイクを玄関の門扉際に停めた香月もメットを外し軽く髪を振った。
ヘルメットから解放された香月の茶色の髪を、なんて綺麗なんだろうとぼんやり見ていた沙羅だったけれど。
香月の実家を前にして、急な不安が胸を押し上げてくる。
「さ、行こう、沙羅さん」
香月の声にハッとする。
勢いでここまで来てしまったけれど、彼は自分の事をどう話すのだろう。
ご家族の不興をかって、彼と家族の関係に波風を立ててしまったらどうしよう。
気持ちが通じた日にサヨナラになんてことになったら、一人ぽっちになったら、もう耐えられない・・・
怖くなって思わず香月の上着の端を掴み、
「あの・・・待って…」と口走ってしまう。
「ん?どうしたの沙羅さん」
「・・・あの、私こんなのだけど・・・あなたと同じ、男・・・」
「ごめん、そうだよね。俺が性急で不安な気持ちにさせてごめんね。でもね俺、沙羅さんが大切だから家族にはちゃんと話すつもりだよ」
「・・・・・・」
「そんな困った顔をしないで?
でも、そうだね。沙羅さんが一番怖いんだよね。
俺の言葉が足りてなくてごめん。
でも思い出して。あなたには俺がついているってこと」
「・・・ありがとう。大丈夫、平気」
「俺が守る。何にかえても、この身にかえても俺が沙羅さんを必ず守ります」
沙羅がこくりと頷いたのをみて香月はにっこり笑った。
ニュータウンに建つ白い一軒家。
香月は玄関ドアを開けると奥に向かって
「母さんー、ただいまーー」
と呼びかけた。
沙羅が緊張して両手をぎゅっと握るのを香月が優しく見つめた時、奥のドアがバンッと開き、料理の真っ最中らしい母親の
「早かったわね陽司!?・・・・・・あらっまぁ!!すっごっーーーい!可愛い!!」
「おふくろ、、声が大きいよ・・・・。沙羅さん、うるさいけど俺の母親です」
「
「もう!!何なのこの可愛さ!!っていうか、千葉県中を探してもこんな綺麗な子いないわ!
陽司!よくやった!でかしたわよ!
神戸牛A5決定!!」
「‥////////////‥神戸牛・・・?」
「どーして今ここで牛の話をすんだよ・・・千葉県っておふくろの美意識ワールドはどんだけ狭いんだよ。」
「もしかして芸能人!?外国の王族!?それとも神秘の世界から来たとか!」
「常識で考えてこんな綺麗な芸能人がどの世界にいるんだよ?沙羅さんが怯えるからお玉を振り回して
「サクラさんっていうの?もう〜♡名前まで可愛い!陽司なんて放っておいて、サクラちゃん散らかっているけど上がってね」
沙羅の手を取って廊下へ誘う。
「おふくろ!俺の断りなく沙羅さんに勝手に触るなよ!」
「あ~ら陽司、まだそんな所にいたの?やかましい子ねぇ、少しは落ち着きなさい。サクラちゃんごめんなさいね、躾の悪い子で」
「おふくろこそ落ち着けよっ」
やがて大学生の妹、
夕食の準備が整う頃には父親も帰宅して、沙羅を一目見るなり目を丸くし、笑顔で
和やかな夕食、父親は機嫌良く晩酌がすすみ、妹の加奈子は沙羅の隣から離れずに嬉しそうにしている。
時が経つにつれていよいよ沙羅の緊張の糸がピンっと張り詰めてきたその時、陽司が切り出した。
「父さん、母さん。話しておきたいことがある。加奈子はどうでもいいけど」
「どうでもいいって失礼しちゃう!私も聞きたいー」
「仕方ないな・・大人しくしろよ」
「子ども扱いしないでよね、べーーだ」
「こら、加奈子は静かにしなさい。で、陽司、何の話だ?」
父の言葉に香月は自分の左側できちんと正座し、膝の上に置かれた沙羅の手がぎゅっと握られたのを見た。
小刻みに震えるその手を優しく包むように香月は自分の左手を重ねてしっかりと握った。
「去年の春、俺が追っていた事件の先で沙羅さんに出会った。沙羅さんは銀座で店を経営している」
「お店ってどんなところなの?」
美江子の質問に、
「クラブ。沙羅さんの店は政財界人が来店するような超高級店でこの人はオーナーでママだ」
香月が答える。
「沙羅ちゃんの美しさは国宝級だとお母さんも思っていたけど、さすがねぇ。私の目に狂いはなかったわ」
とため息。
「そんなすごい人がお兄ちゃんみたいなヒラッヒラの警察官でいいのぉ?」
無邪気な加奈子の言葉に沙羅は少しだけ肩の力が抜けて、
「私の方こそ香月さんに助けてもらったんです」
と小さく答えた。
「父さん、、」
「コホン。父さんは陽司達が真面目な気持ちで愛情をもってお付き合いをしているなら、それぞれの仕事に真剣に向き合っているなら何の問題もないと思うぞ」
そういう父の言葉に、
「ありがとう父さん」
香月が軽く頭を下げて続ける。
「それともうひとつ。沙羅さんは俺の恩人なんだ」
香月は美江子から聞いた、1歳のころ有栖川宮記念で迷子になった自分のことを話し始めた。
泣いていた自分を迷子センターに連れてきてくれた幼子がこの沙羅で、去年の春に事件をきっかけに出会い、互いに惹かれた。
一度は離れたが、一年後の今日、有栖川宮記念公園で再会しお互いに幼いころの記憶と繋がったというこれまでの経緯を聞いたところで。
陽司の話にふと気づいたのは母の美江子だった。
「陽司、迷子になったあんたをセンターに連れてきてくれたのは男の子だったのよ?」
沙羅の手の甲はぎゅっと青白くなるほどに握りしめられた。
香月はその手を握り直し、深呼吸をして姿勢を正した。
「そう。沙羅さんは・・・・男性だ。両親と親代わりの叔母さんを学生時代に相次いで亡くして天涯孤独だ。
この人は恩人だった叔母さんの店をたたむまいと必死に一人で店のためだけに生きてきた。
俺はこの人の強い生き方や覚悟の美しさに惹かれた。
そこに性別への違和感なんてひとつもなかった。
その後で母さんから聞いた赤ん坊の俺を助けてくれたのがこの人と気づいた。
この人も俺に気づいてくれた」
一気に喋り、青ざめて震える沙羅を優しく見つめる。
「男とか女とかそんなことは関係あるのかな。
だって俺が生涯かけて大切にしたいのはこの人だけなんだ。
だから俺と出会ってくれた時の沙羅という名前も、この人にご両親が贈った名前も大切にしたい。
俺は沙羅さんを心から愛している。
俺の人生を幸せにしてくれる人は沙羅さんしかいないんだと気づいたんだ」
優しく見つめる香月の瞳を見返した沙羅の目に銀色の涙の粒が浮かぶ。
父と妹は目を丸くして話を聞いていたが、母の美江子はその場にサッと立ち上がると沙羅の手を握る息子を押しのけ、
「沙羅ちゃん、偉かったわね!!よく一人で頑張ってきたわ!!胸がギュッとしちゃったわ!」
と沙羅の両肩を思い切り抱いた。
「えっ・・・あの、あの・・・・・・(おろおろ)」
「おっ、おふくろ!勝手に触るなとさっきも言ったのにっ!!」
母子で沙羅を取り合っていると、
「陽司。父さんは感慨深いぞ。
警察官になったから治まるかと思っていた夜遊びは相変わらず酷いし、電話するたびに違う声の女の子が出るし。
ガールフレンドを取っかえ引っ変えするのを止めないお前からまさかこんな
この人のおかげだ。沙羅さんに感謝するんだな」
父も腕を組んで頷く。
「親父ぃ、この場に及んで取っかえ引っ変えとか・・・勘弁してくれよ💧」
だって本当のことだと腕を組む父親の横で突然加奈子が泣き出した。
「うぇん~、え~ん~え〜ん、、沙羅さんって本当に頑張り屋さんだったのねー!お兄ちゃんみたいな、ややクズ男になんて勿体ないよぉぉぉぉ」
加奈子はぐちゃぐちゃになって泣く。
「あのな加奈子、みたいなクズ男にって何だよ。兄に対するその低評価は・・・」
瞬く間に香月家の中にふんわり包まれた沙羅。
今まで後ろめたさを感じることはあっても、ひとりで一生懸命に生きてきた。
その事実を香月はすべてを受け入れて包んでくれた。
香月家も、何の
ポロポロと涙をこぼす沙羅を見て目を細める父、左右から沙羅を挟んで抱きついて泣き笑いの母と妹に、陽司ははじき出されてふくれっ面。
「ね、沙羅ちゃん泣かないで。娘と息子が同時にできて私も嬉しいわ。それにしてもお肌がきれいねぇ、、スベスベで真っ白♡」
「沙羅さーん、お姉ちゃんって呼んでもいい?ねぇいい?いい?いい?ねぇ今度素敵なドレス姿見たいなぁ~♡」
母さん勝手に触るなー!加奈子抱きつくなー!と陽司が暴れる中、香月の家族に囲まれて誰よりも幸せな沙羅。
「皆さん、本当にありがとうございます。私なんかにこんなご親切に・・・」
「私なんか、なんて言っちゃ駄目よ沙羅ちゃん!あなたは私たち夫婦の可愛い子で、自慢のお嫁ちゃんなんだから!」
「おっ・・・お嫁・・・!?//////💦」
「おいお前たち。父さんにも沙羅さんと話をさせてくれよ」
「だめ〜、父さんの酒臭ーい匂いで沙羅お姉ちゃんが病気になっちゃうもん!」
「あの、私なら大丈夫ですけど?」
「ほら見ろ!沙羅さんが大丈夫って言ってるじゃないか」
「父さんストーップ!!沙羅は俺の沙羅!」
「「「 陽司のくせに沙羅ちゃんを呼び捨てするなんて生意気!100年早い!!」」」
家族にコテンパンにやられたあの後、皆で並んでセルフタイマーで写メを撮ったんだ。
目を泣き腫らし鼻を赤くした可愛い沙羅。
俺の昼メシのきつねうどんはのつゆはすっかり干上がったが、あの日、幸せそうに泣き笑いしていた沙羅の笑顔を思い出して香月はとてつもなく幸せな気持ちになっていた。
よし、仕事だ、仕事!
7月のデートは目の前にぶら下がっている。
待ってて沙羅さん!!
カヅキ’s ファミリー
end
《 続編 》
桜の樹の下で =あなたと見る空の色=
https://kakuyomu.jp/works/16816700429639420139/episodes/16816700429642804050
最後までご高覧いただき、ありがとうございました。
香鳥
桜の樹の下で =24年目の約束= 香鳥 @katomin
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