珖璉と《光蟲》 その2


 いきなり、なんてことを暴露するのか。


 思わず珖璉を見やると、端麗な面輪に呆れたような表情を浮かべていた。


 いや、きっと呆れているに違いない。


 後宮の妃嬪ひひん達にも勝るとも劣らぬ美貌の持ち主。そんな珖璉を『薄ぼんやり』と評するなんて。


「ち、ちちち違うんですっ!」


 どうしよう、どうしようと泣きたい気持ちになりながら、鈴花は両手を振りながら、おろおろと弁明する。


「け、決して悪い意味で言ったわけじゃないんですっ! 本当に珖璉様はきらきらとまばゆくて、文字通り光り輝いていて……っ! も、もちろん銀の光を纏っていてさえ、その美貌が際立っているのは、私も重々承知しているんです……っ! ただその、ちょっとぼやんやりと見えるだけで……っ! ですから、えっとその……っ!」


 だめだ。言えば言うほど墓穴を掘っていく気がする。


 最後のほうは、ろくな言葉も紡げずにあうあうと意味もなく声を洩らしていると、くすり、と珖璉が笑みをこぼした。


「禎宇」


「……ひとまず、今処理し終わっている書類を王城へ持っていってまいります」


 主のひと言に心得たように応じた禎宇が、卓の上の珖璉が書き終えた巻物を持って、そそくさと部屋を出ていく。


「て、禎宇さん……っ!?」


 もしかして、「主に向かって『薄ぼんやり』とは、不敬極まりないな」と、珖璉直々にお説教されるのだろうか。


 いつも頼りになる禎宇がいなくなってしまう心細さに、思わず手を伸ばして追いすがろうとすると、鈴花の視線を遮るように立ち上がった珖璉に、はしっと指先を掴まれた。


 かと思うと、ぐいと手を引かれる。


「ひゃっ!?」


 よろめいた身体を珖璉に抱きとめられる。ふわり、と衣にめられた珖璉の爽やかな香の薫りが揺蕩たゆたった。


「……なぜ、禎宇を引きとめようとする?」


 耳のすぐそばで、珖璉の不機嫌そうな声が聞こえる。珖璉の腕の中で、鈴花は思わず身を縮めた。


「も、申し訳ありません……っ! その、珖璉様に失礼なことを申し上げたので、怒られるんじゃないかと……っ!」


 頭を下げたいのに、珖璉に抱きしめられていてかなわない。


 と、抱きしめられたまま、大きな手のひらに優しく頭を撫でられた。


「なぜ、わたしがお前に怒る必要がある?」


「へ……っ!?」


 不思議そうに問われ、すっとんきょうな声が出る。


「だ、だだだだって、珖璉様を、そ、その……っ」


 本人に直接『薄ぼんやり』なんて、口が裂けても言えるわけがない。


 おろおろと視線をさまよわせると、頭を撫でていた手が頬へとすべり落ちてきた。あたたかく大きな手のひらに頬を包まれ、そっと顔を上げさせられる。


 反射的に上げた視線に珖璉の端麗な面輪が大写しになり、鈴花はとっさに出そうになった悲鳴を何とかこらえた。


「……以前にもわたしの顔がぼんやりしていると言っていたが……。お前は、それほどわたしの顔が見えにくいのか?」


 息がかかりそうなほど近くに顔を寄せた珖璉が、鈴花の目を覗き込む。


「い、いえっ! そんなことはありませんっ! 確かに珖璉様は光を纏ってらっしゃいますけれど……っ! うっすらとですから、ちゃんと表情だってわかりますし……っ!」


 というか、近い! 近すぎる!


 見惚れずにはいられない美貌だというのに、こんなに近いだなんて。もう少し、美貌の威力を理解して加減してもらいたい。


 でないと、鈴花の胸のどきどきが止まらなくなってしまう。


 あわあわと言うが、珖璉は納得してくれない。


「本当か?」

 と、真剣な面持ちでますます顔を近づけてくる。


 いったい、珖璉は何にこれほど怒っているのだろうか。


「ほ、本当ですっ! 珖璉様が怒ってらっしゃるのもちゃんと見えてますからっ! ただ、申し訳ございませんっ! どうしてそんなに怒ってらっしゃるのか、理由はわからないんですけれど……っ!」


 情けなさに泣きたい気持ちになりながら詫びると、珖璉が虚をつかれたように瞬きした。


「わたしは怒ってなどおらんぞ?」


「ほぇ? で、ですが……っ」


 怒っていないのなら、どうしてこんなに険しい顔で鈴花を見つめているのだろう。


 わけがわからず、珖璉の端麗な面輪を見上げると、気まずげに視線を逸らされた。


「いや、その……」


 何事もいつも的確に処理していく珖璉が、珍しく歯切れが悪い。


「わたしはお前の愛らしい顔をしっかりと見られるのに、お前にはわたしの顔が見えていないのかと思うと、残念というか、わたしの気持ちのほうは通じていないのかと不安に駆られたというか……」


「……?」


 珖璉の言わんとすることがとっさに理解できず、ほうけたように端麗な面輪を見続けていると、「その、つまりだな!」と振り向いた珖璉が苛立ったようにふたたび面輪を寄せた。


「わたしがお前の愛らしさに魅入られているように、お前にもわたしのことをちゃんと見てもらいたいのだ!」


「ほ、ほぇぇっ!?」


 うっすらと頬を染めた珖璉に告げられ、すっとんきょうな声が飛び出す。


「だ、だだだだだだいじょうぶですっ! ちゃんと珖璉様のお顔も見えておりますっ! だ、だって……っ!」


 頬を染めた珖璉の面輪は得も言われぬあでやかさで、先ほどから心臓がばくばくと騒いで仕方がない。


「いつだって、珖璉様は凛々しくて、見惚れずにはいられないほど麗しくて、遠目にお姿を目にしてさえ、どきどきして心臓が口から飛び出しそうなんですから、こんな近くは言わずもがな――、っ!?」


 必死に紡いでいた言葉を、不意に無理やり途切れさせられる。


 珖璉の唇に己のそれをふさがれて。


「な、なななななにを……っ!?」


 一瞬でぼんっと顔が熱くなる。


 ゆっくりと唇が離れ、鈴花は思わず抗議の気持ちを込めて主を睨み上げた。だが、珖璉は泰然としたものだ。


「口から心臓が飛び出しそうなのだろう? なら、ふさいでおいたほうがよかろう」


「っ! で、ですが、これではさらに飛び出しそうになってしまいますっ!」


「では、もっとふさいでおかねばならんな」


 くすりと悪戯いたずらっぽい笑みをこぼした珖璉の面輪が下りてくる。


 まぶたを閉じる暇もあらばこそ、ふたたび唇がふれあった。


 慈しむような、優しいくちづけ。唇から伝わる珖璉の熱に、思考が浮かされてゆく。


 身体に回された珖璉の腕に力がこもり、腕の中で融けてしまいそうだ。


「鈴花」


 耳に心地よく響く声が、優しく鈴花の名を紡ぐ。


「わたしが今、どんな顔をしているかわかるか?」


 珖璉の声に導かれるように顔を上げた鈴花は、甘やかな微笑みを目の当たりにして、気が遠のきそうになる。


 だめだ。見つめているだけでどきどきくらくらしてしまう。


「と、とてもお優しいお顔です……っ!」


 目をそらしながら何とか答えると、珖璉の笑みが満足そうに深くなった。


「ああ。わたしにこんな笑みを浮かばせるのは、お前だけだ」


 蜜よりも甘く微笑んだ珖璉の面輪がふたたび下りてくる。


 このままでは、本当に気絶してしまうのではないかと心配になる。


 けれど、鈴花の懸念けねんは口に出す前に珖璉の唇にふさがれた……。



                              おわり


~作者より~

 いよいよ明日4月25日に、『迷子宮女は龍の御子のお気に入り ~龍華国後宮事件帳~』の第2巻がメディアワークス文庫様より発売となります~!ヾ(*´∀`*)ノ

 https://mwbunko.com/product/maigokyujyo/322311001154.html


 第2巻は完全書き下ろしとなっております! 

 鈴花と珖璉が次はどんな事件に巻き込まれるのか?


 ぜひぜひ手に取ってお確かめいただけましたら嬉しいです~!(ぺこり)


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【2巻4/25発売&コミカライズ連載中】鈴の蕾は龍に抱かれ花ひらく ~迷子宮女と美貌の宦官の後宮事件帳~【WEB版】 綾束 乙@4/25書籍2冊同時発売! @kinoto-ayatsuka

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